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うつ病の私が見ている世界 休み方がわからない 第16話

 休みの日。
 私はとても緊張している。
 何をすれば良いのだろう。
 以前は色々やっていた。多趣味だった。
 今は、何をすれば良いかわからない。

 うつ病を患った人の書籍やブログを見ていると、みなさん、布団から出られなかったり、家事ができなくなったりしているようだが、私は布団から出るし、家事もする。
 私は、うつ病の『正解』からも脱落してしまっているのだろうか。
 
 スローライフ。
 もしかしから、私はすごく疲れているのかもしれない。
 色々なことが起こりすぎた。 
 たくさんのことが、津波のように。
 私は虚無であったのかもしれない。
 今も、虚無であるのかも知れない。
 
 スローライフ。
 パートは三時間だけだし、残りの時間は、スロウに生きてみても良いのかも知れない。時間に追われず、思想に追われず、ありのままに。
 私は私。それで良いのかも知れない。 
 『良い母』や『充実した休日』ではなくとも。

 薬が切れて目覚めた明け方、浴室を換気しながらタバコを吸っていると、夫が起きてきた。
 さっとタバコをポーチに隠して、
「ごめん。一本吸ってるの。お願い、みないで」
 浴室のドア越しに懇願した。
 自分でも情けない声だった。
「ふふ、全然いいよ。おやすみ」
 夫の声がした。
 ポロポロと涙が溢れた。
 夫はキッチンで一服して、ふたたび眠りについたようだった。
 肩の力が抜けた。
 私はそのまま起きて、家中の掃除をした。コンロも磨いて、床にモップをかけ、家電も乾拭きで拭き上げた。
 トーストを焼いて、苺ジャムを塗る。
 ほうじ茶を淹れて、リスパダールを服用した。
 すっかり夜が明けていた。

 LINEニュースで、カナダに留学中の光浦靖子さんの記事を読んだ。
 光浦さんは素敵な女性だ。
 もっと肩の力を抜いて、誰かの評価を求めないで、自分のために生きてみよう。
 薬効なのかも知れない。そうじゃないのかも知れない。
 
 痩せなくては、と思っていた。
 義母の言葉が木霊する。
 痩せ細って枯れ枝のような義母。
 それを美しいと信じる義母。
 義父母は見合い結婚だった。義祖母の地元で、ほぼ許嫁のような存在で、結納金を口座に振り込んだ翌日、会ったこともない義父のもとに嫁いで、義祖母が決めた式場で挙式したらしい。
 夫や義兄を産む時も、陣痛が始まってから、自らタクシーを手配して産院に向かったそうだ。産後、我が子を抱いて帰宅すると、子供の名前は義母の知らぬ間に、もう役所に届け出されていたそうだ。
 詳しいことは知らない。でも、ずいぶん苦労したのだろう。
 その話を聞くたびに、あの当時は体重が36kgまで落ちて、と枕詞のように言っていたから、義母にとって痩せていることが処方箋であったのだろう。
 その処方箋が今、武器となって私を蝕むのだろう。
 義母もまた、心を病んでいるのかも知れない。
 だからと言って、全て解決するわけではないけれど。
 許すわけではないけれど。
 それに、義母と義祖母はかなり激しい喧嘩を日々繰り広げていたそうな。
 私にはとてもそんな芸当できそうにない。
 強い人なのだ。
 
 現実的にも、次女の受験が終わるまでは連絡を断つ方が得策だろう。
 何せ、言いたいことが山積みで、何度も私に言ってやろうと画策しては、義兄や義父に止められているそうだから。火山活動みたいなものだろう。
 
 スローライフ、いいかも知れない。
 そう、憧れもあったのだ。
 スローライフ。
 スローなライフ。
 ああでも、完全無農薬とかそういうのじゃなくて、もっと「スロウ」に、負担の少ない、のんびりライフを送ってみよう。
 業務スーパーの冷凍食材とか、美味しいレトルト食品とか。
 掃除は好きだし気持ちが良いからこのままで。
 タバコも息抜きに。
 のんびりライフ。

 マフラーを編もうかな。
 大きなマフラー。
 テーブルクロスも作りたいな。
 小花柄がいいな。
 パート代が振り込まれたら、さっそく生地を見に行こう。
 
 のんびりライフに縛られませんように。
 頼んだよ、リスパダール。

 









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