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うつ病の私 森に住む 第2話

 屋根裏部屋へ上がってみた。
 このログハウスは、一階が喫茶店と食料庫に水回リ、2階に寝室がふた部屋あって、2階の廊下の突き当たりに梯子が掛けてある。その梯子を登ると屋根裏部屋だ。
 ログハウスは、一階が一番広くて、2階と屋根裏はその半分の広さになっている。
 教会みたいな形といえば良いのかな。凸型をした家だった。
 2階と屋根裏部屋の窓からは、喫茶店の天窓が見える。
 もっと埃っぽい部屋を想像していたけれど、塵一つ落ちていない。
 私が越してくる前日まで几帳面な住人でも住んでいたのだろうか。
 古いソファに布が掛けられ、斜めになった天井に取り付けられた窓が床に日差しを落としていた。
 油絵の具の匂いがしていた。
 レコード棚にはぎっしり、古いジャズのレコードばかりが詰まって、どっしりとした書棚には時代小説がたくさん揃えられていた。
 そっと窓辺によると、ちょうど喫茶店の裏の森が見えていた。
 母さん熊の言っていた、結界が途切れるあたりは靄がかかって、小川が流れていた。
 水量はそう多くない。
 小川の向こうは鬱蒼とした森で、何かの気配があった。
 四つ足の動物たち?
 それとは少し違う。
 なんだろう。
 靄の中で、何かがゆらゆら蠢いていた。黒い影のような、二足歩行の。
 結界の向こうにも、二足歩行の生き物がいるのだろうか。
 リリリリリリリリリリリリ。
 しばらく眺めてりいると、ふと、小川の水量がずいぶん減っているのに気がついた。
 日も暮れ始め、靄が今にも小川を越えて、こちらにやってきそうだ。
 リリリリリリリリリリリリ。
 怖気がした。急激に何か得体のしれない不安に襲われた。
 その時、にゅっとモヤの中から黒い影が足を突き出し、もう枯れそうな小川を跨ごうとするのが見えた。
 リリリリリリリリリリリリ。
 私は窓から飛び退った。
 タイマーの音。
 夕方の薬の時間だ。
 私は一目散に喫茶店に置いた薬瓶を目指した。
 急いで梯子を降り(怪我をしなくて本当に良かった)、2階の廊下を突っ切って、喫茶店に駆け込んだ。
 喫茶店は薄暗かった。思えば、2階の廊下も暗かった。
 でも今は、それどころじゃない。
 薬瓶をつかむと、リスパダール錠を一粒取り出し、水道の水を手で掬って飲み込んだ。ふわっと喫茶店の明かりが灯った。
 突然、黒電話がジリジリ鳴り出し、心臓が口から飛び出そうなほど体が痺れた。
 黒電話は、喫茶店の玄関の脇、出窓のところに置かれていた。
 しばらく眺めていると、やがて黒電話はシンとなって沈黙した。
 月が昇って、庭に夜光花が咲き乱れる。
 窓べからそっと眺めた。
 紅茶を淹れて、夕食を摂った。
 とうもろこしとさつまいものスープ。
 薬瓶から離れるのが怖くて、喫茶店の奥にカーテンで仕切られた休憩室の、簡易ベッドに布団を運んだ。森側の窓にはしっかりカーテンを下ろして、枕元にはランプを置いた。レトロなデザインで、淡い橙のLEDランプ。
 風呂は、てっきり薪か何かで焚くタイプのレトロなものを想像していたが、なんと最新式のジェットバスが設けられていた。
 怖いので、薬瓶を持って風呂に行こうと思ったのだが、薬瓶は喫茶店のカウンターから1ミリも動かせなかった。
 仕方ない。
 やがて夜が更け、レキソタンを服用した。
 どうか、寝ている間に薬が切れませんように。
 そう願いながら、ランプをつけたまま眠りについた。
 










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