うつ病の私が見ている世界 第13話
いくらあの義母とは言え、夫と娘たちにすれば母親であり祖母なわけで、フジリンゴ族荼毘の一件以降も、彼らは普段と変わらず義母との交流を続けている。
最初こそ、義母も私の心配を口にしてはいたようだが、今は嫁抜きで息子や孫と交流できるというわけで、ずいぶん喜んでいるようだ。
私と次女抜きですき焼きをしたり、色々と口うるさく夫に育児の口出しをしては疎まれたりもしていた。
こちらとて、そのまま疎遠になってしまいたい。
だが、旧態じみた考えの義実家のこと、嫁は老後の世話役と決め込んでいるようで、いつ私の機嫌が治るのかと口にすることもあるそうな。
そんなの一生治らんよ。っていうか、私の病気を「機嫌」っていうな。
🍎新しい薬と食欲と
リスパダール OD錠の服用を始めると、食欲が戻ってきた。
だが、ここで問題が起こる。
義母の言葉。
「少し痩せたら?」「太った母親は醜いわよ」「母親失格」「みっともない」
お茶漬けや、うどんを食べられるようになってきたのに、食べては自己嫌悪に陥ってしまう。怖い。体重が戻るのが怖い。
パートを終えて帰宅した後、うどんを茹でた。
炭水化物。
それでも、食欲が湧いてくる。
ここのところ、甘いものばかり食べていた。
ただ、なぜか冷たい甘いものばかりで、ケーキやビスケットなどは食べられない。
連日、あんみつ、あんみつ、あんみつ。
それが、久々に「うどんが食べたい」と猛烈に思い立ち、帰宅途中のコンビニエンスストアで冷凍うどんと唐揚げを買った。
茹で上がったうどんに唐揚げをのせ、溶き卵をかけまわす。
麺つゆをかけ、いざ。
「ねえ、洋子さん。子供ってね、太った母親って嫌がるのよ」
「私、40kg以上になったことないの」
「ママは太っちょねぇ」
義母の言葉が蘇る。
そして私は貪るようにうどんを平らげ…派手に嘔吐した。
嘔吐したものを片付けながら、涙が溢れた。
このままでは、拒食症になってしまうのではないだろうか。
嘔吐した私の顔は、見るも無惨なものだった。
落ち窪んだ目、浮いた隈。胃液が込み上げ、再び嘔吐。
痩せていれば美しいのだろうか。
私が太れば、また義母が嘲笑うのだろうか。
カハッと喉がなって、胃液が溢れた。
涙と胃液と鼻水と。
なんと酷い姿だろう。
その時、あるアニメのタイトルが脳内に浮かんだ。
『ダンジョン飯』
そう、ダンジョン飯。
今の私の状態は、おおよそダンジョンなのではないだろうか。
口を濯ぎ、顔を洗う。
テーブルと床を磨き、シャワーを浴びる。
『まず食生活の改善!生活リズムを見直し!そして適切な運動!その3点に気をつければ、自ずと強い体は作られる!』
センシの声が聞こえた気がした。
義母はアニメも漫画もゲームも嫌う。小説も読まない。
これまで読んでいたのを見た本は「最初だけ聞いて覚える有名クラシック集」みたいな名前の、友人とオーケストラに行く時のアンチョコじみた、CD付きの書籍ぐらいだ。楽曲の最初の数分だけの音源がついて、その作曲家についての説明がある。
おそらく会場で「ああ、これはベートーベンね、若い頃に作った曲で…」とかなんとか蘊蓄でも言いたいのだろう。
そんな人の言葉に私は、なぜこんなにも振り回されるのか。
痩せて義母を見返したいから?
では、見返したところで私は何を得るのだろう。
いっときの快感だけ、ボロボロの体で、何が私に残るのだろう?
頭から、熱いシャワーを浴びた。
違う。
私はそんな人間にはなりたくない。
シャワーを出ると、鍋に湯を沸かした。
冷凍うどんを入れ、もう一度、茹で上がった麺に溶き卵をかけまわす。
麺つゆをかけ、刻んだネギを入れ、食った。
食ったという表現が適切なほど、勢いをつけて麺を啜った。
ダンジョン飯、ああ、ダンジョン飯。
そして、また、吐いてしまった。
自己嫌悪や自らの意思でなく、体が勝手に吐いてしまった。
ここのところ柔らかいものだけを食べていたからか、体が急な食事を受け入れられなくなっていたのだろうか。それとも、薬のせいなのか。
それとも、義母の言葉のせいなのか。
吐瀉物の、三度目の掃除を終え、再びシャワーを浴びた。
汚れた衣服を洗濯機に入れ、回転するドラムを眺めて必死に推理した。
自分で思う以上に、私は義母の言葉に傷を負っているのだろうか。
三度も嘔吐した後に、我ながらすごいと思うが、あんみつを食べた。
バニラアイスも乗せ、餡子をのせる。白玉もたらふく入れた。
ダンジョン飯、ああ、ダンジョン飯。
バランスの取れた食事とは言い難いけれど、今の私にできる最大限。
ああ、ダンジョン飯。
第14話に続く
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