マウンテンランニングマスターズ世界選手権挑戦期⑧ ~2つ目のレース、Long Distance~
気がつけば大会から1ヶ月が過ぎていた。
忘れないうちにもう1つのレースのことも書き留めておこうと思う。
結果から言うと2つ目の団体銀メダルを獲得することができた。
そして、表彰式では、子どもたちとともに表彰台に上がるという素晴らしいサプライズまでついて。
フィニッシュ手前では、家族と共に先にフィニッシュしたチームメイトが待ち受けていてくれた。僕にとっての今回のレースのハイライト。30km超のコースは僕にとっては長旅であったが、その全てが報われた瞬間だ。
スタートは8時半
途中の第3エイドに関門の設定がされており、今回のレースでは年齢区分による時差はなし。8時にスタートする女子と8時半の男子に別れ2ウェーブでのスタートであった。
女子のスタートを見届け、自分たちの準備をするために朝食を済ませ7時半頃宿を出る。会場エリアでお祭り開催の影響もあって、車は少し離れた場所に停めて、会場に向かう。まだ辺りは薄暗く、女子のスタートをする頃になりやっと明るくなってきた。
女子のスタートで計機トラブルがあり、若干遅れる。女子のスタートが終わると早速、コールが始まる。ゼッケンチェック(前後)と装備チェック(カップ)を済ませた選手から整列して行く。肌寒かったのでなるべくギリギリにと思っていたが、想像以上に皆、早く並ぶので僕らも並ぶことに。後ろの方になってしまったが、先に入った選手たちは必ずしも前に並ぶことにこだわりがないようで、通してもらいできる限り前へ。
8時半過ぎ、男子も少し遅れてスタート。
32kmの長い道のり
普段から手ぶらで走る距離にフォーカスしている僕にとっては
32kmはとても長い旅路であった。
7月に左ふくらはぎを痛め、その後は度重なる右足首の捻挫。迫るレースに向け、練習をしなければという焦りと回復しない足にヤキモキしながらのこの2ヶ月であった。それまでには順調に走っていただけに、もどかしかったが、「7月でよかった、このタイミングだからレースを走ることはできる。」と何度も自分に言い聞かせて過ごした。それも今日で最後だ。小細工も何もできない。「ともかく32kmを走り切ること。」それだけを大切に走った。
序盤は舗装路を行く。ジェットコースターのように上り下りを繰り返して走っていくと、どんどん隊列が伸びていく。道が回り込むように伸びていたので、2人の様子もよく見えた。なるなるは相変わらず先頭争いをしていた。心強い。僕は僕の出来ることを。そう改めて心に刻んで進む。
家族の待つ第3エイドまでは、登り基調だ。Uphillのコースを時々横切りながら徐々に標高を稼ぐ。15kmで900m upくらいだろうか?決して歩く必要はない傾斜と何度も現れるトラバース区間の繰り返しで大きく大きく回り込んで、コース最高地点(第3エイド)へ。
僕らはサポート(事前登録制、第3エイドにて3人分妻が担当してくれた)があったので、それぞれにボトルの差し替えなどを預け、可能な限り軽装で走った。マウンテンランニングのレースにおいてこうしたサポートが受けられるのは極めて珍しいが大会のルールで認められている以上、最大限ルールを活用した。
第3エイドにつくと、雨の降る中ピクニックさながら待っている家族がいた。岩の上にそれぞれのサポート用品を並べてくれていたのだ。前日のテクニカルミーティングでは、机を並べるといった説明があったがそういった準備は残念ながらなく、居合わせたメンバーで段取りしてくれたようだった。ありがとう。
家族の顔を見て元気が出たものの、僕にとってはここからが本番。右足首はガッチリ固めているが不安だらけだった。前半に対して後半は下り基調なので、踏み込む度に痛みが走る。決して難しいトレイルではないのだけど、ごろごろとした石に足を取られるとそこで僕の完走は赤信号になる。下り始めてから抜かれる頻度がどんどん増えてヤキモキする。抜かれるなりに少しでも後ろからくる選手の勢いを借りて再度スピードに乗るべく悪あがきをする。抜かれる悔しさよりも思うように走れないことよりも諦めることの方が嫌だ。
結果として団体3位だったイギリスの選手を1人、登りの序盤で抜かしていたのだけど、その貯金も使い切ったようだ。終盤手前で抜き返されてしまった。この時はマークすべきチームの選手だっただけに気持ちが切れそうになった。
トレイルの出口が近づき、舗装路が見えてきた。下見をした感じだと舗装路に出てからは一直線に1kmほど降ってフィニッシュではと想像していたけど、実はここからが長かった。残り1kmのつもりで力を振り絞ってペースを上げながら走っていると、すぐ後ろにやってきたポルトガルの選手が「残り4km」だという。コースの方向もあらかた示して走り去っていったのできっと試走してコースを把握しているのだろう。かなりガックリ来たが仕方ない。仕切り直しだ。フィニッシュである街の中心部からコースは迂回するように離れていく。いずれ戻るだろうと思い直してひた進む。
スイスの名物おいじさんが大きなカウベルを鳴らしながら応援していた。「残り1km」だと言う。その1kmしんどいくらいに疲労困憊であったが、残り少ない力を捻り出す。フィニッシュが見えてきた。その曲がり角には家族の姿が。息子が僕の名前を呼ぶのも聞こえた。追いかけて一緒に走る息子。僕のスパートを並走で撮影してくれるなるなる。振り返るのは怖いから振り返らない。レースは最後まで何があるかわからないからだ。走り抜けてフィニッシュ。今度はそこにはアッキーがいた。グータッチ。
結果は気になったが、出し切ったので脇に外れてへたり込む。もう走れないし、歩きたくもない。レースの興奮と走り終えた安堵と疲れとがいっぺんにやって来るのでよくわからない。もう動けないのも本当だし、誰かが健闘を称えてくれたらそれに出来る限り元気に応対しちゃうのも本当。
しばらくして速報が出た。「銀…、メダル?」下馬評から銅メダルだと思っていただけに驚きの方が強かった。速報を写メって何度も見返すが間違いない。喜びと驚きとが同時にやってきた。
ドーピング検査も対象にはならなかったので、宿へ戻って夕方の表彰式まで休むことに。身体からレースの興奮状態が抜けないので昼寝する時間も十分にあったのだけど、結局寝付けず、ランチに洗濯、談笑して過ごした。この上なく疲労していたがもう走ることは考えなくていいから、その何倍もの解放感に包まれて過ごした。
表彰式
17時からの表彰式は広場がすし詰めで身動きできないほどの人で出会った。
それもそのはず。
土日は地元のお祭りも同時に開催されており、17時頃は人手のピークの時間であったのだ。ホスト目線からすれば地元ポルトガル勢が大観衆の中で表彰される
シーンを演出したいという思惑だったのだろう。いくつかのカテゴリーを制したポルトガル勢の国歌斉唱は一際盛り上がっていた。
年齢の高い方から順に表彰が行われるので僕ら40代は後半から終盤にかけて。1つ前の表彰で僕にとって嬉しいことが起きた。子供を連れて表彰台に上がった選手がいれ、会場から好意的に迎えられたのだ。揃いのユニホームで待機していた僕ら。観衆に紛れて表彰の様子を見てもらうつもりだったけど、急遽子どもたちを連れて上がることに。
40代団体表彰。チーム名と名前が順番に呼ばれる。息子と手を繋ぎ、娘を抱いてステージに向かう。撮影は無論、なるなる。最高のドキュメンタリーだ。ステージ手前、娘が降りて自分で登りたいという。2人と手を繋ぎ直して一緒に5人でステージへ。来賓の皆さんはライバルチームのみんなと挨拶を交わし、2位の段へ。僕らの持つスマホを最前列のがギャラリーが「よこせ、よこせ」と身振りをする。手渡すと何枚も写真を撮ってくれた。僕らのカテゴリーで優勝したのはポルトガルチームであったけど、その国歌を聞きながらステージ上に立つ子どもたちは照れくさそうにしつつもとても誇らしげで、この挑戦をしてよかったと心から思えた。
おめでとう、おめでとう
ステージから降りると数え切れないほどの「おめでとう」を言われた。どこかのカテゴリーで入賞した選手、応援してくださった方、祭りに遊びにきたであろう人、本当に色々な人から声をかけられた。僕もたくさんの「おめでとう」を返した。
レースである以上、勝負事ではあるけど、僕はこのカルチャーが好きだ。フィニッシュしたらそこで勝負は終わり。お互いの健闘を讃えあう。そこにはたくさんの「おめでとう」が溢れる。この時間と空間が好きで僕はマウンテンランニングを長年続けている。
Uphillレース後のインタビューがニュースで流れたこともあり、街ではちょっとした有名人になっていたようで、市長に声をかけられ皆で一杯ご馳走になった。
日本とのフライトは乗り継ぎがあまり良くないので、この晩、アッキーとなるなるは一足早く移動。ささやかながら宿で打ち上げをした。2年目のチャレンジ。金メダルには届かなかったけど、最高の形で目標を達成することができた。正直、チームでの挑戦がこんなにも楽しいとは想像もしなかった。1人ではない緊張感。駅伝ともまた違う。それだけじゃない、チームメイトに何より恵まれた。だからこの2年のチャレンジは本当に楽しかった。来年以降2~3年は僕と2名は年齢差から別カテゴリーになる。だからこの3人でのチャレンジはしばらくお預けだ。再び一緒に走ることを心待ちにしつつ、僕らのチャレンジを通じて「マスターズ」や「マウンテンランニング」にチャレンジしたい人が出てくることを願っている。喜んでサポートするし、一緒に走りたい。
変わらず走ることも好きだけど、チャレンジする人を支える側としてももっとできる事を増やしていきたい。
最後に、アッキー、なるなる、妻、子どもたち…。
この旅は本当に楽しかった。ありがとう。
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