枯尾野 Ⅸ
廿三
暗がりを抜けた長い険路の先に、その寺はある。
海に程近いはずなのに、山に隔てられてかか、波のさざめきも聞こえず、全ては鬱蒼とした森の中である。
谷間の道を辿り、静は山の上にあるというその寺を目指していた。
山から雲が湧く。目の前に霧となって、行手を遮る。滔々と流れる川があるらしいと分かるのは、音に聞こえるからである。
道は右手の、壁のような崖に沿って行けば良い。静は反対側の際に近づいてみた。ここも崖になっていて、下には流れがある。激しい水の飛び跳ねたのがこの霧なのか、はたまた川が霧に同じか、静には判然としなかった。
二三人とぽつぽつすれ違った。姿は知らぬ。通り過ぎたという気配を、後から覚えただけである。皆、ちゃらんちゃらんと鈴のような音をさせていた。
足元が悪い。山から湧き出た水が、路上に筋を作り出しているのだ。岩や木の根元やら、いたるところに泉があって、ここら一帯全てが沢である。もうもうとした湿り気に、静は次第に息苦しくなった。
ある所から石畳みになった。苔むした丸っこい石は滑りやすい。ゆっくり、一歩に力を入れて進めば、古びた門が見えた。
それは朽ちかけであった。大きな寺院にあるような、二階建てのもので、通路の両脇には普通仏像がそれぞれ座しているのだが、あるべき影はなく、それが収まるだけの空間が開かれているだけであった。
その先には朱塗りの橋があった。
束の間狭霧が晴れて、空が見えた。
高い雲はごうごうとした風に吹かれ、ちぎれ、また結び、むくむくと色形を変えて、ひとときも安堵することがなかった。
それは朝の清廉な光に湯浴みするようであった。その白は絹の光沢を得たが、それ故に影は暗い。
班目の空を、冬を越すためやって来た白鳥の一群が、間を縫うように飛び去って行った。
雲の白は一層輝き、又影は益々深みを持った。