賞与手渡しの企業
先日、ある社長とお話する機会がありました。その際、同社様では社長が賞与を各社員に現金で手渡ししているというお話がありました。
賞与を手渡ししているという企業は、これまでに他にも聞いたことがありますが、少数派でしょう。同社様においても、「コロナ禍になって環境も変わった。わざわざ現金で渡さなくても、この機会にキャッシュレスにしたほうがいいのではないか?」という意見もあったそうです。しかし、その社長としては、こだわりをもって続けているということでした。
お話からは、現金手渡しにこだわることの意味を、大きく3つ感じました。
ひとつは、リアリティ(現実感)を持たせることです。
緊急事態宣言の発生などもあり、必要性に迫られて、オンラインによるコミュニケーションが一気に広まりました。そして、オンラインでできるやり取りは極力オンラインで済ませようという考え方や方針も広まっています。その結果、「何をオンラインで行い、何を対面で行うべきか」というコミュニケーションのテーマに対して、各所で試行錯誤中の状況だと思います(永遠に正解のないテーマかもしれませんが)。
オンラインによるコミュニケーションの対義語として、よく「リアル」という言葉が使われます。辞書を見ると、「リアル」とは、「現実の」「実際の」といった意味だという説明が出てきます。
この「リアル」という言葉をオンラインの対義語として使うのはなぜでしょうか。画面越しに見る相手の顔や声、話の内容も、(幻ではなく)実際にそこで起こっていることのはずです。よって、「オンラインはリアルでない」という位置づけにもつながるような上記の切り分けは、妙な感じがします。
「リアル」がオンラインの対義語として使われるのは、オンライン上のコミュニケーションでは「現実の」「実際の」になりきれないと感じる、何かがあるからでしょう。おそらく、「オンラインでやり取りする相手の顔、声、話は、同じ場所でやり取りするそれらに比べて現実感がない」からだと思います。
この、「オンラインを密にしても、直接触れることができる状態に比べて、現実感で劣る」点は、克服しようのないコミュニケーション上のハンデになります(今後の技術の進化や、社員がすべてデジタルネイティブ世代に入れ替わると、このことすら変わってくるのかもしれませんが、少なくとも現時点では)。やはり、最終最後は「現場」「現物」で見えてくる「現実」があるということでしょう。
このことが、賞与にも言えるのだと思います。「今回はこういう会社業績で、その中であなたの成果や頑張りはこうで、、」という説明内容はよく分かったとして、肝心のお金が銀行口座に振り込まれているのより、その場で札束として渡されるほうが、現実感があるということです。
現金手渡しにこだわる2つ目の理由は、社員に対する理解を深めることです。同社長は、賞与を手渡ししながら、各社員と1対1で話をするそうです。中小企業の規模ではありますが相応の社員もいますので、なかなかそういう機会が普段ありません。
賞与を手渡ししながらある程度まとまった時間で話をすると、いろいろなことが聞けるそうです。「今の仕事のここがうまくいかなくて、、」「最近調子がいいです、、」「同僚と合わなくて実は会社を辞めたいと思う、、」「最近の私生活では、、」 すぐに対応できることや後で対応できることをその場で考えながら、やり取りするのだそうです。これが、社員を理解したり立ち直ってもらったりする上で、それなりに有効だと聞きます。
このような場の設定が、賞与の手渡しというイベントと切り離されていて、「社長面談」のような立て付けになってしまうと、今と同じようには話が出てきにくいだろうというのが、同社長のご見解です。加えて、「社長面談」がオンラインになってしまうと、なおさらそうかもしれません。
3つ目の理由は、社員に対する感謝の気持ちを伝えることです。
上記の「現実感を持たせること」にも通じますが、「今期もありがとう」「来期はさらに期待している」などの気持ちを表現するには、振り込みより手渡しのほうがやはり優れているのでしょう。
社員一人ひとりに対して、何十枚ずつという札束を準備する、それを社長が手渡しするという工程には、相当な手間と人件費がかかります。しかし、このことが一概に非合理的だとは言えず、上記の観点からは合理的にもなり得るものだと言えます。
だからといって、自社でも闇雲に現金手渡しにすればよいというわけでもありません。上記のようなリーダーの信念と、それに伴った取り組みの実態があってこそ、合理的になるものだと思います。
賞与までではないものの、大入り袋やインセンティブ、報奨金などを現金手渡しにしている会社も多いと思います。また、現金手渡しまではしないものの、賞与の明細は(オンラインでの送受信ではなく)手渡しするという会社もあるでしょう。自社にとってのそうする意味を、整理してみてもよいかもしれません。
<まとめ>
手渡しによるリアリティは、オンラインでの受け渡しによるものより高い。
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