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減価償却分以上の投資をする
12月5日の日経新聞で、「日本の設備、停滞の20年 総量1割増どまり 投資抑制、低成長招く」というタイトルの記事が掲載されました。同記事の一部を抜粋してみます。
~~日本の設備投資の低迷が続いている。この20年間で設備の総量を示す資本ストックは1割たらずしか増えなかった。米国や英国が5~6割ほど伸びたのと差がついた。企業が利益を国内投資に振り向けていないためだ。設備の更新が進まなければ労働生産性は高まらず、人口減の制約も補えない。低成長の構造要因として直視する必要がある。
2001年から新型コロナウイルス危機前の19年までの日本の経済成長率は年平均0.8%にとどまる。米国(2.1%)や英国(1.8%)に水をあけられた。成長の壁としてよく指摘されるのは人口減少や少子高齢化だ。目をこらせば別の問題が浮かぶ。一橋大学の深尾京司特任教授は「設備投資の停滞も大きい」と指摘する。
新たな機械やソフトウエアの導入は生産性を高め、成長力を押し上げる。経済学の成長理論では成長率と資本増加率は一定の関係がある。深尾氏の試算によると、主要先進5カ国で日本だけが資本増加の実績が理論値に及ばない。
日本企業は稼ぎを減らしてきたわけではない。財務省の法人企業統計調査によると、経常利益の直近のピークは18年度の84兆円。アベノミクスが始まった12年度から73%増えた。この間、設備投資は42%しか増えていない。投資は減価償却で目減りした分こそ上回るが、キャッシュフローの範囲内で慎重にやりくりする姿勢がはっきりしている。
教育訓練など人的資本投資も伸び悩んだ。OECDによると、企業が生む付加価値額に対する人材投資の比率は英国が9%、米国が7%に達する。日本は3%にすぎない。ヒトとモノにお金をかけて成長を目指す発想が乏しい。
底堅かった労働供給にしても、人口が総体として減り続ける以上、いずれ頭打ちになるのは避けられない。本来、どの国よりも自動化などの取り組みが必要なのに投資に動けずにいる。日本企業は1990年代のバブル崩壊後、過剰な設備・人員・負債に苦しみ、厳しいリストラに生き残りをかけてきた。過剰な設備への警戒感が今なお残る。
日本企業も海外では積極的にお金を使う。対外直接投資はコロナ前の19年に28兆円と10年前の4倍に膨らんだ。コロナ後も流れは変わらない。世界に投資を広げる一方で国内に抱える雇用の質を高める取り組みは怠れないはずだ。学び直しなどの支援と同時に仕事を効率化するデジタル化も加速する必要がある。企業を動かし、資本ストックが伸び悩む悪循環を断てるような賢い経済政策こそが求められている。~~
同記事に出てくる「減価償却」は、馴染みのない方にはわかりにくい概念だと思います。減価償却は、固定資産の購入費用を使用可能期間にわたって、分割して費用計上する会計処理です。
固定資産とは、購入金額が10万円以上で、1年を超えて使うために所有する資産のことです。例えば事業用の自動車や建物、パソコンなどが該当します。これらの固定資産は使い捨てではなく、何年にもわたって使うことが前提です。よって、自動車の購入費用を購入年度にすべて費用として計上する、2年目以降は費用計上なし、というのは、適切な経費処理とはいえません。
そして、時間の経過につれてその価値は年々減少していきます。そこで、購入した時の価格や定められた耐用年数をもとに価値の減少分(減価償却費)を算出して毎年費用計上します。
自動車の法定耐用年数は6年です。例えば、300万円の自動車を買った場合、ざっくり50万円ずつ6年にわたって費用計上します。毎年50万円ずつ価値が減っていると考えるわけです。7年目以降使い続けた場合は、費用ゼロでそのまま使うことになります。機械設備やパソコンなど、10万円以上・1年を超えて使うものは、すべてこの処理が適用されます。
財務省法人企業統計調査のデータを見てみると、日本企業の設備投資のピークは、バブル崩壊前の90年前後で約60兆円/年です。2020年の約40兆円/年の1.5倍の水準です。よって、この30年間で設備投資が減退したという同記事の指摘もうなずけます。
同調査によると、90年は、企業の経常利益額と減価償却費がほぼ同じで約30兆円でした。つまりは、企業活動全般で最終的に利益として残る年間の稼ぎと、固定資産の目減り額がほぼ同等、設備投資額はその倍、ということです。バブル崩壊前後は投資が過剰だったのではという疑問があるわけですので、この水準は行き過ぎだったのかもしれません。
他方、2020年は企業の経常利益額は約60兆円です。これに対して、減価償却費と設備投資額はどちらもほぼ40兆円です。このことからは、次のように整理できます。このように整理してみると、バブル期のような投資活動とは真逆で、過小投資の状態ではないかと考えられます。
・企業活動で最終的に残る利益は、日本の経済史上過去最高水準。
・一方で、設備投資額は、ピークの90年前後に遠く及ばない。
・設備投資額はと固定資産の目減り額がほぼ同等である。
・企業全体では、固定資産の目減りを埋め合わせる程度の設備投資しかできていない(投資-減価償却がプラスになっていない)。過去最高水準の利益を残しているにもかかわらず。
もちろん、このことは設備投資だけを指していますので、設備投資以外の投資や費用を勘案していません。しかし、同様の萎縮が他のことにもほぼ当てはまるのではないかと推察されます。
例えば、人材投資です。正社員を減らして、より人件費のかからない非正規社員を増やしています(雇用形態の見直し自体は、必ずしも悪いわけではありませんが)。従業員に対する教育研修費も、他国企業が増やしている中で、日本企業はこの30年間ほぼ横ばいの状態です。
ヒト資源の人材価値にも、減価償却の考え方は当てはまるでしょう。
(このようにデジタルに表されるわけではありませんが、イメージとして)例えば、中学・高校でわずかに英語を学んだだけで、その後学なければ、何年かたったら全部忘れてしまって使い物になりません。これは、中学・高校で取り組んだ英語のインプットとアウトプットを、数年かけて減価償却して価値ゼロになったと捉えることができるでしょう。もっと弾力的な学習活動をしないと、ビジネスレベルで英語を使えるようにはなりません。(私にも当てはまります。。)
そして、一度集中的に英語のインプット・アウトプットをすればそれでいいかというと、そうでもありません。継続的に使う訓練をするなどのメンテナンスを行わなければ、価値は目減りしてききます。機械が減価償却する分メンテナンスが必要なのと、同じです。
資格によっては、更新のための技能講習、座学、試験などを一定量義務付けられているものがあります。そのことは、当該資格価値で目減りしている減価償却分を埋め合わせているととらえることができます。
私も今週、コーチングに関する資格維持のための講習セッションに参加しました。同セッションには、月1回ほど継続的に参加しています。参加すると、基本ができていないことに改めて気付いたり、自分の課題を認識したりして、この参加がメンテナンスに当たるのを実感します。
しかし、単に目減り分を埋め合わせているだけでは、価値アップにはなりません。価値アップにつながる新たな投資や追加投資が必要です。組織も個人も、使うことのできる時間・お金を、目的を明確にしたうえで積極的に投資していく行動を増やすべきだと思います。
「目減りしている資産以上の投資ができているか」という視点で、自組織や自身の活動を振り返ってみるとよいかもしれません。
<まとめ>
組織も個人も、有形・無形の資産への投資が必要。