物価高と販売価格への転嫁は根付くか(3)

前回の投稿では、日銀が実施する「生活意識に関するアンケート調査」にある、物価に関する意識調査の結果をテーマにしました。人によって認識差はあるものの、物価上昇を実感している、そしてこれから先も物価上昇を予感している人の割合が、総じて以前よりも高くなっていることを取り上げました。

昨日も取り上げた同調査結果のデータでは、次のようになっていました。左から順に、2006年12月、2012年12月、2021年12月です。

・物価が1年前に比べて上がったと回答した人のうち、物価が上がったことについて「どちらかと言えば、好ましいことだ」と回答した人の割合:2.9%、2.1%、2.6%

・上記で「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した人の割合:83.0%、85.0%、82.7%

・物価が1年前に比べて下がったと回答した人のうち、物価が下がったことについて「どちらかと言えば、好ましいことだ」と回答した人の割合:61.5%、34.5%、18.6%

・上記で「どちらかと言えば、困ったことだ」と回答した人の割合:20.8%、27.4%、37.2%

物価が上がることに対して、素直に受け入れられる人は少ないようです。やはり物を安く買いたいというのは人の本能で、その気持ちは根強く、上記の結果を見る限りほとんど変化がありません。注目するべきは、物価が下がることが望ましくないと考える人が増えていることです。

物価が下がったと感じている人で、それを「好ましいこと」「困ったこと」と考える人の割合は、初めて同調査が実施された2001年9月がそれぞれ45.2%、17.6%という結果でした(100%との差分は「どちらとも言えない」等の回答)。それ以降、3か月に一度の同調査が続いていますが、リーマンショック前後の混乱期を除きほぼ一貫して「好ましいこと」>「困ったこと」の割合結果でした。

それが、2014年以降両者が入れ替わって「好ましいこと」<「困ったこと」の結果となる調査月が出始めました。調査月によって再び両者入れ替わることもありますので、明確な傾向と言うには無理がありそうなのですが、消費税が10%に引き上げられた直後の2019年12月調査でも26.7%と35.6%で、「好ましいこと」<「困ったこと」となっています。

(このひとつのデータだけで何かを仮説立てるのは無理がありますが、そのうえで考え方として)上記から、あくまでひとつの仮説にすぎませんが、「物価が上がるのはうれしくない、しかし下がるのはまずい、今後物価が上がっていくのはやむを得ない」という物価上昇を許容する耐性が広がっているのではないかと言えるかもしれません。

アベノミクス以降、「デフレ脱却」「2%物価上昇目標」などをスローガンとし、飽きるほど聞かされてきました。その結果、人々の間に「デフレはよくない」「物価は上がるべき」と刷り込まれてきた影響が大きいのではないかと思われます。ある意味、政策によるひとつの成果と言うこともできます。

このことは、私たちの普段の行動や組織活動でも参考になる事象だと思います。すなわち、必要なメッセージを長期間にわたって継続的に発し続ければ、それを見聞きする個人の意識、意識に基づく行動も変わっていくということです。逆に、あるべきでない・負のメッセージを継続的に発し続けると、当然ながらそれを見聞きする個人は望ましくない意識の変化を起こしてしまうと言えます。

また、この間諸外国では物価が上がってきたこと、コロナ禍でも比較的早く経済回復している欧米等の国でやはり物価が上がり、最終の消費者物価に転嫁されてきたことを感じ取り、値上がりもやむなしが浸透されてきた結果なのかもしれません。

価格について、PRESIDENT Onlineの記事「なぜか高いと感じない"値上げ"のカラクリ 東大教授が教える"ヤバい"マーケ術」(阿部 誠氏)に、たいへんわかりやすく有益な示唆があります。同記事の一部を抜粋してみます。

~~価格の高低を判断するため、消費者が頭の中に抱いている基準価格のことを「内的参照価格」と呼びます。これは、その人の過去の経験や記憶など、多様な知識から形成されています。

消費者は、頭の中に抱いている内的参照価格を基準に、価格の高低を評価しています。内的参照価格に近ければ多少価格が変動しても鈍感ですが、参照価格から一定以上、離れると反応します。

たとえば内的参照価格が1万円だとして、9000円や1万1000円の場合は安いとも高いとも感じにくいですが、8000円や1万2000円になると、途端に安いと感じたり高いと感じたりする、ということです。参照価格より価格が高い場合は「損失」、参照価格より価格が低い場合は「利得」と知覚されます。

また、額が同じなら、人は利得よりも損失に強く反応します。価格が100円下がったときの喜びより、100円上がったときの痛みのほうが大きく感じられるということです。これは、人間の損することを避けたい気持ち、「損失回避性」という心理に基づきます。~~

痛みを避けようとする「損失回避性」は、いろいろなところで応用されることも多い概念です。この概念は、私たちの価格に対する反応にも当てはめて考えることができるというわけです。

前回から参照している日銀の生活意識に関するアンケート調査でも、価格が下がったことを喜ぶ(利得)より上がったことを嫌がる(損失)のほうが、一貫して反応が強い理由の一端は、改めてこの「損失回避性」の概念で説明できそうです。

続きは、次回以降考えてみます。

<まとめ>
必要なメッセージは、長期間にわたって継続的に発し続ける。


いいなと思ったら応援しよう!