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転勤者の負担軽減の制度を考える
12月14日の日経新聞で、「転勤者 報酬充実で報いる サントリー、一時金50万円支給/大成建設、帯同家族の有無配慮」というタイトルの記事が掲載されました。転勤を望まない人材が増えたことに対応しようとするものです。
同記事の抜粋です。
サントリーホールディングス(HD)は2025年1月から転居を伴う転勤者に対する一時金を新設する。大成建設は25年7月から一時金を増やす。共働きや育児・介護などを理由に転勤を望まないビジネスパーソンは増えている。報酬の拡充で心理的な抵抗感を減らし、多様な就業経験を促すほか、全国の拠点維持にもつなげる。
転勤手当・一時金の導入は地方の営業拠点が多い銀行や保険などで先行してきた。今後、幅広い業種で導入する動きが増えてきそうだ。
サントリーHDは転勤者に一時金として50万円を支給する。転勤者のうち単身赴任者には現在も月3万円の手当を支給している。この単身赴任手当も25年1月からは月5万円に増額する。単身赴任を終えて家族の住む自宅に戻る社員には一時金として25万円を支給する仕組みも導入する。
手当・一時金を充実させることで国内外の様々な勤務地での就業を促す。地方勤務への心理的なハードルを下げる狙いもある。
大成建設は転居を伴う転勤者に赴任先までの距離や帯同家族の有無に応じて5万~100万円、一時金を増やす。これまで、転勤に伴い引っ越し以外にかかる費用を支援するため、数万~数十万円支給していた。これに上積みする。帯同家族の理解を得やすくする。
単身赴任者などに毎月支給してきた「別居手当」も拡充する。別居でかさむ食費などに充てる金額を3万円から5万円に引き上げるほか、会社が支給する往復の帰省旅費の上限を撤廃。月往復2回分だった会社負担を月3回まで増やす。
転勤手当・一時金の支給は金融業界が先行している。三菱UFJ銀行も25年度から転居を伴う異動をした行員に月3万円の手当を支給する。支給期間は最長で5年。すでに単身赴任手当があるが、家族を帯同する転勤者などを対象とする手当を新設する。
会社主導の転勤は日本企業の人事制度の特徴だった。リクルートワークス研究所が24年8月にまとめた日米英など7カ国の雇用形態を調べた調査では、勤務先に「本人が同意しなくても転居を伴う勤務地変更がある」人の割合は日本が24%だった。米国(11.7%)を上回るなど、調査対象国中最も高い。
転勤を抑制すると、地方の拠点を維持する人材確保が難しくなる可能性もある。全国的に人手不足が深刻化するなか、働き手の希望と組織運営をいかに両立させるかが企業経営の大きな課題となりそうだ。~~
同記事中の付表では、次のような事例の紹介もありました。
・オリエントコーポレーション:24年度から本人が望まない転居を伴う転勤を廃止。25年度から公募による異動を本格化
・ジャックス:24年度に転勤手当として月5万円を支給する制度を新設
企業によっては、転勤を伴う配転命令を絶対としているところもあります。場所を変えることが人材育成につながり、組織の発展に欠かせない、などの観点から、転勤に拒否権を認めないという考え方です。
一方で、同記事の説明内容のように、転勤ができないような状況下に置かれている人もいます。社員に対して一律に転勤を求めるのも無理があるという考え方もあります。
どちらの考え方がひとつの正解というのもなく、最終的には企業次第だと思いますが、ここでは検討のポイントを3つ挙げてみます。ひとつは、各人が自分で選択できる状態が必要という点です。
その企業の事業戦略、人事戦略上、配転命令を絶対とすること自体が悪いわけではありません。ただ、そうであるならば、採用時の雇用条件として明示しておくことは必要だと思います。つまりは、そうしたポリシーの会社に入るか、そうでない会社に入るかの選択を可能にするべき、ということです。それを承知で選択して入社するのであれば、本人の自由です。
もちろん、転勤のない雇用区分を準備し希望者に適用するのも、選べる状態づくりになります。
両者にとって不幸になるのは、そうしたポリシーをあいまいなままにしておき、「事情がある場合に配慮するようにしている」「希望を聞くなどして判断している」などと言って入社してもらい、入った後で転勤辞令の絶対を強要することです。これは、もめる要因になります。
2つ目は、今後どのような人材を受け入れていくのかの明確化です。
同記事でも紹介されているように、本人同意のない転勤を命じるのは、世界の中で文化として少数派です。当然、外国人人材にとって、この文化は聞き慣れない概念のはずです。私の周囲にいる外国人の方も、この考え方には馴染みません。外国人人材を今後積極的に活用しようとしていく企業には、採用のハードルになりかねません。
外国人人材に限らず、日本人の採用でも同様です。全員に対して転勤制度を適用する前提であれば、当然ながら家庭などの制約を抱える人材や、企業の命令で居住地を変える志向のない人材は、応募のポテンシャルから外れていきます。そうしたデメリットを自社の人事戦略として許容するかどうかです。
3つ目は、公平性の担保です。特に、金銭的な不公平感がでないような配慮が必要です。
居住地を変えることで、いろいろな手配が必要となり、出費が発生します。また、住み慣れた場所なら、自分なりのコスパを追求した消費が可能ですが、新しい土地で慣れるまでは、目に留まった店でとりあえず必要なものを買うなど、自分にとってコスパの悪いお金の使い方も必要になります。なんだかんだで、結構な金銭の負担です。
同記事の例は、各社がこうした金銭負担を和らげるのを従来以上に進めるという内容が見てとれます。妥当な動きだと思います。転勤の可能性を受け入れている人材と、転勤のない地域限定職などの人材との間で、給与差をつけるというやり方も、公平感につながります。
付随する効果として、あまり転勤に興味なかった人が増額された手当めあてで転勤に積極的になり、「やってみたら転勤もよかった」などの例が人によっては出てくるかもしれません。
一方で、例えば人事制度上転勤有無の区分がなく全員に適用される可能性がある、給与差もない、しかしながら転勤を断り続けている人と、何回も辞令に応じて転勤に協力している人とがいる、などだと、公平感がないと言えます。そうした場合に、会社とメンバー間でよくコミュニケーションをとりながら問題なく協業し合えるようになっていればよいですが、往々にしてそれだけでは限界があることも多く見られます。
公平性を明示できるような仕組みづくりも大切だと考えます。
<まとめ>
自社の人事ポリシーを明確にし、入社時を含めて、各人材が自己決定できるようにする。