転勤制度は選択肢(3)
前回まで2回続けて、6月14日の日経新聞記事「転勤制度いつまで? 共働き時代に合わず、必要性の吟味不可欠」を参照しながら、転勤というテーマにどのように向き合っていくべきかを考えてみました。転勤というシステムが、組織全体の成果・生産性を高めているのか評価してみることを、視点のひとつとしました。
5.選択肢とし、自己決定して選べるようにする
転勤制度を有効に機能させることも可能です。例えば、人材育成に熱心な取り組みをしていると注目されているニトリでは、「配転教育」と称して、数年おきに様々な部署へ異動を繰り返す仕組みを導入しています。配転がどの程度、居住地の移転も伴って行われているのかはわかりませんが、それなりの数発生しているのではないかと想像します。
関連記事やこれまで参加した講演等で同社のケースを聞く限りでは、配転は強制力を伴った業務命令のようです。「ニトリの働き方」というタイトルの書籍も出ているぐらいですので、配転教育を含めた人材育成は成果を上げていると思われます。
同社で成果を上げている要因は、2つあるのではないかと想像します。ひとつは、個人のキャリアと関連付けて配転を設計していることです。
同社では「エンプロイー・ジャーニーマップ」といって、70歳から逆算し、10年ごとにどの部署でどんな仕事を担当したいかという人生設計を年に2回、すべての社員に自分で書き出してもらっているそうです(日経クロストレンド参照)。そこには、本人が将来解決したい社会課題を見据え、逆算してキャリアを考える視点が反映されると聞きます。こうした個人のキャリアビジョンの可視化と、人事のコミュニケーションにより、「あなたのキャリアパスにとって、今この配転がよいのではないか」というところまで、配転の目的を明確にするわけです。
もうひとつは、それに合った人を採用していることです。ホームページでも「数年おきに様々な部署へ異動を繰り返す、「配転教育」。仕事内容や自分の立場が定期的に変わることで、物事の見方や考え方も変わっていきます。」と謳っています。ニトリを志望する人は、かつて日本企業で全盛とされた「定期的なジョブローテーション」を彷彿させる人事異動がある前提で入社するはずです。そのような志向性を持った人を集め、エンプロイー・ジャーニーマップに見られるような取り組みまで行うのであれば、転勤も活きたシステムになるかもしれません。
ここでポイントになってくるのは、「配転教育を含めた環境で仕事をしていくことを、自分の意志で選んでいる」ことではないかと考えます。
冒頭の記事で紹介された日本生産性本部2021年調査によると、7割強の20代が「仕事内容や勤務条件を優先し、同じ勤め先にはこだわらない」と回答しています。50代が6割強です。「同じ勤め先で長く働き、異動や転勤の命令は受け入れる」と回答したのは、20代が3割弱、50代が4割弱です。就職情報サービス学情の調査でも、20代の7割弱が「転勤を希望しなくなった」と答えていて、ほぼ同じ結果となっているようです。つまりは、若手世代ほど勤務地の移転を望んでいない人が多いということです。
しかし、上記データの見方を変えると、「勤務地にはこだわらない」「勤務地移転はかまわない」とする若手社員も、推定2-3割程度見込めそうだということです。さらには、「上記事例ニトリのイメージのように、そこまで会社がキャリア支援してくれるのなら、移転してもよい」と考える若手社員もいることでしょう。その層も加えて想定すると、移転に前向きに望む可能性のある若手人材は、相応に存在するのではないでしょうか。
こうした若手人材を対象に、上記事例ニトリのイメージで自社の人事や人材育成の考え方を打ち出して、自社で転勤可能性のある勤務に前向きに望んでもらうことを自己決定してもらうのは、人事戦略上とても有効だと言えます。
そのような人事戦略を前提にしない企業であっても、「例えば転勤を選択肢とし、転勤ありのコースかなしのコースか、自己決定して選べるようにする」ことは可能だと思います。
住む場所をどこにするかの選択は、人生の中でもとても重いものです。そのカードの決定権が会社のみにある、そしてそれを自分はまったく望んでいないとなると、そのカードが切られたときのパフォーマンスへの悪影響は容易に想像できます。職業生活の展開がどうなるかは実際に進めてみないと分からない面がありますが、自分のキャリアの基本方針を自分の意志で自己決定したと思えているかいないかは、大きな差になります。
以上、3回にわたって転勤をテーマにしてきましたが、(3回の内容を踏まえ)私の個人的な意見としては次の通りです。
・一律の転勤制度(会社都合による住居移転を伴う異動やローテーション人事)は、社員がその前提であることを望み入社してくる人事戦略のもとなら有効かもしれない。しかし、そうでないなら、かかるコスト以上の生産性を得ることは疑問がある。
・転勤の辞令は、本人同意(希望)に基づいて行うのがよい。
・あるエリアで特定のポストの空きが出て人事戦略・配置上困る場合は、同ポジションに対する社内外公募で人材補充する。
<まとめ>
転勤は、個人の自己決定にもとづいて行われるのを基本としたい。
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