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転勤制度は選択肢(2)

前回の投稿では、6月14日の日経新聞記事「転勤制度いつまで? 共働き時代に合わず、必要性の吟味不可欠」を参照しながら、転勤制度の置かれている前提について考えました。主なポイントとして、1.世界標準ではない、2.違法ではない、3.一律の雇用契約が成果を上げた外部環境は崩れている、の3つを挙げました。

これらの前提を踏まえた上で、本テーマにどのように向き合っていくとよいのでしょうか。大きく2点挙げてみます。

4.成果・生産性を高めているのか評価する

組織の生産性は、ヒト資源の観点からは次のように表現できます。

個人のインプット(意欲・能力・役割理解)の量・質×個人のアウトプット(行動)の量・質×人数(従業員数)

高い意欲で、高い能力を、正しい役割認識のもとで活かして、たくさんの正しい行動を起こせば、成果は最大化されると言えます。そして、その総数が組織のアウトプットとなります。この図式が、転勤制度があることでどのように変わる可能性があるのか、想定してみるとよいと思います。

一例を挙げると、私は過去3回転勤を経験しました。いずれも自分の希望と関係のなかった転勤です。これまでのキャリアでは大きく、前半は転勤ありの環境、後半は転勤なしの環境で働いています。前半で以下のような経験をしたこともあって、自分には転勤というシステムは合わないと判断し、後半では転勤というイベントが起こりえない(勤務地固定の)キャリア環境を選んでいったという経緯もあります。

・意欲:強制的な居住地移転によりダウン。一方で、理由をつけて転勤を免れている社員もいることを知り、不公平感から余計に意欲ダウン

・能力:転勤ならではの経験の幅が、個人の総合力としては多少アップに寄与。しかし異動直後の業務ノウハウは都度ゼロスタートとなり、在職中に発揮できた能力としてはトータルでマイナスに作用した認識

・役割理解:異動と同時に仕切り直しのため都度ダウン

・行動量:異動前後に膨大な引き継ぎと、新たなインプットが必要になるため、パフォーマンスに直結する行動量としてはダウン

トータルで評価すると、組織のパフォーマンス向上につながったと思えた転勤はゼロでした。転勤のたびに、社内外の人間関係・お客様との信頼関係づくり、業務のノウハウも、リセットして1から再スタートしたためです。これが仮に定年まで勤務すれば、どこかのタイミングでトータルのメリットが大きくなって、かけたコストを上回ったのかもしれませんが。

周囲の転勤者についても観察していましたが、本人が自ら希望していた場合は多くがプラスに寄与していた印象です。一方で、希望していない人の辞令の多くは、概ね私と同様の印象でした。(もちろん、これらは一事例の限りです。個人に加えて、転勤がうまく機能している会社もあると思います。)

転勤制度の妥当性の論拠としてよく挙げられるのが、「転勤が人材育成を促すから」という点です。これについては、まったく新たな環境に行くことで視野が広がるなどの効果を、私自身も多少感じたことがあります。しかし、今が以前の環境下ほど、転勤で人材育成効果があるかどうかについては、再評価してもよいのではないかと思います。

前回も取り上げたように、転勤は「終身雇用制度と表裏一体」で「組織拡張と共にゼネラリストの大量育成・輩出が求められた」環境で特に有効だったと考えられるシステムです。そのような環境下では、社員を一律に転勤させ、社内のいろいろな組織について理解を深めながら複数の職種も経験し、自社でのコア人材としてマネジメントに必要な力量を時間をかけて育成していく仕組みは、理に適っていそうです。今でもこのような人材は、会社にとって一定数必要でしょう。

一方で、組織拡張にかつてほどの勢いがなく、経年者が一定数滞留しているような企業では、すべての人に上記のような育成を求めていくわけでもないはずです。職務領域を限定した「ジョブ型」と呼ばれる雇用や、各人の強みに特化した活動に専念してもらうことで、組織全体の生産性を高めていこうという考え方・やり方も増えてきました。

実際に転勤制度が人材育成に寄与しているという意見もあれば、逆の意見もあります。そして、転勤制度の執行には、移転費用や業務の引き継ぎ、配置の再調整など膨大なコストがかかります。明確にどの程度寄与していて、トータルとしてこれらコストを上回って人材育成・組織パフォーマンスのリターンがあるのかを示した客観的なデータを見つけたことはないですし、あまりにも変数が多いためそのようなデータはおそらく存在しないでしょう。

ですので、客観でなくても、主観で想定してみてもいいのではないかと考えます。すなわち、社員へのヒアリングをしたり働きぶりを評価したりすることを通しての全体感から、「自社では、転勤にかかるコストを上回る、人材育成・組織パフォーマンスのリターンがあると思えるかどうか」を、改めて検討してみることです。

仮に、経営幹部が揃って「かけるコストより得られる効果の方が大きいと感じる」のであれば、それは制度として妥当だと判断してもよいかもしれません。そのような会社もあるかもしれませんが、そうでない会社も多いのではないかと思います。

少なくとも、全社員を一律に当てはめる転勤制度は、外部・内部の環境変化の観点から、これからはこれまでよりも機能しにくくなる、ということが言えるのではないでしょうか。

続きは、次回以降取り上げてみます。

<まとめ>
転勤制度があることで自社の成果・生産性を高めているのか、主観でもかまわないので評価してみる

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