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組織・人材のビジョンを考える

9月9日号のThe Economistで、「懸念呼ぶ米CEO在任長期化」というタイトルの記事が掲載されました。企業の最高経営責任者(CEO)には様々な困難な問題があるが、「後継者問題以上の難題はそう多くない」とし、多くの企業が後継者問題を先送りする結果CEOの在任期間が長期化する傾向にあるとしています。

同記事の一部を抜粋してみます。

懸命に働いて出世階段を上りつめた多くの経営者にとり権力を手放し、自らが築いたレガシーを誰かの手に委ねるのを想像するのは難しい。

そのためか米国ではトップ交代を先送りする経営者が増えている。米調査会社マイログIQのデータによれば、S&P500種株価指数の構成企業のうち在任期間が10年以上のCEOは、2022年末時点で101人と、わずか10年前の36人から増加している。

最長は53年にわたり投資会社バークシャー・ハザウェイを率いているウォーレン・バフェット氏だ。彼のように自ら今の会社を育て上げてきた経営者もいるが、多くは雇われCEOだ。在任期間の長いCEOが増え、S&P500社のCEOの平均在任年数はこの10年で6年から7年に延びた。中には引退を渋るあまり晩節を汚した経営者もいる。

もちろんベテランCEOの下で好業績を上げる企業は多くある。健康寿命が延びているなか、会社が任意で定めている経営者の退任年齢(今も多くの企業が設けている)に達したからといって追い出す必要はない。とはいえ米経営者の在任期間が長くなっているのは懸念材料だ。

1991年当時、米コロンビア大学経営大学院に所属していたドナルド・ハンブリック氏とグレゴリー・フクトミ氏が発表した、CEO在任中の各段階における経営手腕に関する論文は大きな反響を呼んだ。同論文によると、就任当初の数年間は仕事のコツを覚えるにつれ業績が改善するが、その後は変化にあらがうようになったり、仕事への熱意が薄れたりして業績が低下するという。

2015年にはボストン大学のフランソワ・ブロシェ教授らが、米上場企業の時価総額とCEO在任期間の関係を調べ、転換点の定量化を試みた論文を発表した。それによれば、就任後最初の約10年は業績が右肩上がりとなるが、その後横ばいとなり、15年以降は下り坂に転じることがわかった。

「いずれやる気と創造力を失っていく」とアイルランドの医療機器メーカー大手メドトロニックの元CEOで、現在はハーバード大経営大学院でリーダーシップを教えるビル・ジョージ氏は指摘する。

そうした情熱は、企業に改革が必要な時は特に不可欠だ。マイクロソフトはサティア・ナデラ現CEOの下でクラウドコンピューティングの大手に変身し、人工知能(AI)でも先駆者となった。同社を00~14年の低迷期に率いていたスティーブ・バルマー氏が今もCEOに留任していたら、この変貌は実現していなかったかもしれない。

CEO在籍期間の長期化は、輝かしい業績を上げているとして正当化されているかにみえてもリスクが伴う。ディズニーのアイガー氏は、CEOだった最初の15年の間に3回も引退を延期したことで、多くの後継者候補が他社に流出した。

理想的には後継者探しは新CEOが就任したその日から始めるのがよい、とコンサルティング会社KPMGのボードリーダーシップセンターでシニアアドバイザーを務めるクローディア・アレン氏は言う。具体的には候補者リストを作成し、それぞれの能力を評価し、不足している部分をどう育成していくかの計画も立てる。

かつては産業界を代表する優良企業とされた米ゼネラル・エレクトリック(GE)では、当時CEOだったジャック・ウェルチ氏の後継者探しが6年にも及び、世間の注目を集めたが、あのようなやり方は避けた方が賢明だ。

同記事が指摘するように、経営者や役員が一定の年齢や一定の在任期間になったからといって、それ自体がただちに悪いわけでありません。ウォーレン・バフェット氏のように、長きにわたって成果を出し続ける経営者も存在します。この傾向は、創業経営者や同族企業の後継者に多く見られます。

創業経営者や同族企業の後継者にとって、おそらく会社は自らがつくった(あるいはそれに準じる)我が子のような存在でしょう。我が子には自分が高齢になっても熱意を注ぎ続けるものです。よって年齢に関係なく、会社のことを考え抜いて成果を出し続けるケースが見かけられます。雇われCEOでももちろん同様のケースがあるわけですが、我が子同様とまではいかない分、難しいかもしれません。

他方で、創業経営者や同族企業の後継者の場合、老害にもなりやすいと言えます。創業や承継した当時と環境が変わっていて、当時の考え方ややり方では明日の環境に通用しなくなっていたとしても、我が子のような存在であるがゆえにいつまでも介入が続く可能性が高まります。その点をよく自覚し、適切な手腕を振るうことが求められるわけですが、同記事いわくなかなか難しいということなのだと思います。

普段いろいろな企業と関わる中で、経営者や経営幹部の方にお勧めしているのは、「組織や人材のビジョンをつくる」ことです。すなわち、5年後や10年後に、自社がどんな組織になっていたい・いるべきで、どんな人材の体制になっていたい・いるべきかを可視化するものです。

中長期の経営・事業のビジョンや戦略、それに伴う会社全体・各事業の売上や利益の目標は、多くの会社で策定されています。一方で、組織や人に関するビジョンや戦略、目標を可視化している会社は、普段見聞きする企業でもあまりつくられていません。人に関する目標としては、「従業員数〇人」ぐらいにとどまっていることが多いものです。

例えば、今の組織体制について、社長以下全従業員を年齢、所属部署、業務内容など担っている主な役割を表形式でリスト化してみる。5年後の組織体制の表を作って自動計算で+5歳の値が出るようにし、60歳を超えたらセルの色が自動的に変わるようにする。これをするだけでも、結構な人数の色が変わってしまうものです。

60歳を過ぎたらすぐに引退というわけでもありませんが、後任の育成や引き継ぎなどについて考えていかなければならないのは明確です。社内調達であればどういう人材が候補なのか、社外調達であればいつまでにどんなスペックの人材を何人引き込むのか、そうした人材をどのような計画で育成するのか。

加えて、5年後に既存事業の拡大や新規事業への取り組み、それに合わせて組織・従業員規模を拡大させるとなると、現状の体制を維持するだけでは足らず、人材を新たに確保する必要があります。採用して増員するのか、外部パートナーを増やすのか。このような情報を可視化するだけでも、自社の考えるべき組織・人材の課題や論点が見えてきます。

同記事の言うところであるCEOの後任の任命、育成も、この組織・人材ビジョンの中で検討され、「計画的に」取り組まれるべきことです。しかしながら、有力企業でもなかなか取り組み切れていないことが分かります。CEOの退任時期を明確に設定することも、計画に含まれるべきかもしれません。

9月21日の日経新聞記事「日立、CEO候補30代から育成 累計140人を選抜 子会社で経営力鍛える」によると、日立製作所は冒頭の記事の懸念に対して計画的な手を打った事例だと言えるかもしれません。(一部抜粋)

総合電機の名の下に相乗効果の低いグループ会社を多数抱えていた日立は、08年のリーマン・ショックの後に大がかりな構造改革に乗り出した。併せて人事体系も変え、17年に30~40歳代から将来のトップマネジメント候補を選抜する制度「フューチャー50」を始めた。

フューチャー50の17年当初の選抜メンバーは50人だったが、グループ各社から有望な人員を追加で選抜し、現在では140人にまで増えた。海外子会社の従業員にも対象を広げ、外国籍は42人が選ばれている。

対象者の約9割が海外赴任を経験し、19年には中国子会社で30歳代の役員も誕生した。エンジニアを海外子会社の経営企画に送り込み、現地子会社の社長のもとで経験を積ませるといったケースもある。

日立には長期の経営戦略にブレが生じないようにするため、CEOにも業務内容や範囲、必要なスキルを定めた職務定義書(ジョブディスクリプション)が存在する。これを将来こなせそうな次の次のCEO候補が十数人、既にリスト化されているとのことだ。

「取締役会が現職のCEOに匹敵する経験を持つ候補者をみつけるまで交代を待つなど、先送りするほど適任者を見つけるのは困難になる」とも冒頭の記事は指摘しています。CEOに限らず社内で希少な技術を持つ人材なども含め、将来の経営・執行体制を計画的に見据えて確保していくことが必要です。

<まとめ>
事業に関するビジョン・実行計画同様、組織・人材に関するビジョン・実行計画も策定する。

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