定年後の賃金制度を考える
3月3日の日経新聞で「定年再雇用賃金訴訟 60歳基本給6割カット 「年金あっても減額は許されない」 適切な待遇、会社も苦悩」というタイトルの記事が掲載されました。定年後の賃金の大幅減額が妥当かどうかの訴訟について取り上げた内容です。
同記事の一部を抜粋してみます。
定年後継続雇用社員に対する賃金引き下げの是非が争点となった著名な判例としては、定年後継続雇用したドライバーの賃金を2割引き下げたことが不合理だと訴えた「長澤運輸事件」(2018年最高裁判決)があります。
長澤運輸事件では、定年前社員と定年後継続雇用社員における「精勤手当」「時間外手当」の有無を不合理としました。一方で、「能率給」「職務給」「住宅手当」「家族手当」「役付手当」「賞与」といった項目は不合理とされませんでした。家族の扶養が定年前世代ほど必要ない、賃金の総額が定年退職前の79%程度であること等から賞与がなくても不合理とは認められない、等々の理由によるようです。(以上、当時の各種メディア内容より。なお、ここでは法的な正確性は保証できません)
これらの判例からは、定年後の雇用形態による日々の業務で、定年前と同様の業務を担っているとしても、将来的な役割領域の拡大が見込める可能性等が他世代とは異なることから、賃金格差があること自体は合理性があるという考え方が見てとれます。論点は程度差で、2割程度の減額は合理性の範囲内だと言えるが、6割もの減額に合理性があると言えるかは疑問の余地がある、ということだとも想定されます。
これまでの投稿でも定年やシニア人材については何度かテーマにしてきましたが、改めて、企業側の視点としては、自社のおかれた外部環境と経営方針の中で定年制度・定年後の雇用について検討する必要があると考えます。
日本で定年制が定着していったのは、前世紀に日本のほぼ全産業の市場規模・人口が拡大基調にある環境下でした。同記事の例に関連すると、自動車の台数・運転者数が増えていき、自動車教習所の指導員も増えていくことが想定できました。年金支給開始年齢も低く、定年後の人材としては若手に早くバトンタッチして、年金生活に専念というライフスタイルも多く見られました。
現在、そしてこれからの外部環境としては、自動車の台数減少、人口減による運転者数の減少、配車タクシーや自動運転等のテクノロジーによる必要運転者数の減少、それらに伴う人口減以上の自動車教習所の必要指導員数減少も想定されます。加えて、定年後も長く働くことへのニーズの増大、同一労働同一賃金の要請の高まりも指摘できます。
市場が縮小し過当競争が進む中で、これまでの事業者数、既存商品・サービスの総量をそのまま維持し、定年後の人材を低賃金で雇い続けるという構造には、定年制が定着していった当時の環境下とは比較にならないほど難しさを伴う状況にあるということです。
定年後の賃金減額が一定程度社会的に認められているとはいえ、実際の自社の社員にそっぽを向かれてしまれば現場の稼働や技能伝承ができなくなって、企業戦略に支障が出てしまうという会社も少なくないと思われます。自社に紐づくこれらの要素をとらえ直して、自社なりの定年制・定年後の処遇方法を再評価することが必要ということです。
個人の側としては、就業先、あるいはこれから就業しようとするところの、定年に関する考え方やルールを捉える必要があります。定年後の処遇制度がどのような内容になっているのか把握し、それを踏まえたうえで長期間勤続するのか別のキャリアプランを選ぶのかの意志決定、それに合わせた財務、健康、職能、経験値の必要事項を早くから自覚し、準備していく必要があるということです。
いずれにしても、労使双方が、定年後の職業生活のあり方について、過去とは異なる視点も踏まえながらより能動的に考えることが、ますます求められる環境にあると言えそうです。
<まとめ>
定年後雇用を取り巻く環境変化に合わせた制度設計とキャリア準備が必要。