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養殖を例に事業環境の変化を考える
11月20日の日経新聞で「〈ビジネスTODAY〉ニッスイ、陸海二刀流磨く 陸上養殖エビ、今年度初の黒字化 水産資源の争奪備え」というタイトルの記事が掲載されました。養殖ビジネス市場の今後の展望について取り上げている内容です。
同記事の一部を抜粋してみます。
ニッスイは19日、陸上で養殖するエビの黒字化に初めてめどが立ったと発表した。独自のコスト低減技術を開発し、2024年度出荷分で数百万円の利益を見込む。沖合での養殖を含む「陸海二刀流」で技術を磨き、世界で激化する水産資源の争奪戦に備える。
同日公表した養殖事業の成長戦略の中で明らかにした。都内で開いた説明会で谷内満執行役員は「水産物を安定的に供給するには、ゆくゆく陸上養殖が重要な役割を果たす」と力を込めた。
ニッスイが黒字化のめどを立てたのは鹿児島県南九州市で陸上養殖するバナメイエビ「白姫(しらひめ)えび」だ。23年度に約100トンを生産し、24年度に黒字化を達成する見込みだ。
価格は500グラムで4200円程度と、輸入したバナメイエビの約5倍と高価だ。16年度から実証実験を始め、都内の居酒屋で出す刺し身用など、地道な販売先の拡大にも力を入れてきた。
刺し身にすると独特の粘りのある食感を楽しむことができ、ゆでると甘みがでるという。ニッスイによると、黒字化に成功すればエビの陸上養殖事業では国内で初めてという。
コスト削減の鍵となったのは、水槽内に浮遊する微生物の集合体(バイオフロック)が飼育水を浄化する「バイオフロックシステム」の安定稼働だ。一般的に水の管理がうまくいかないとエビが大量に死んでしまい、生産効率を高められない。
ニッスイは飼育槽にバイオフロックを共存させ、微生物にエビの排せつ物や食べ残しを分解させ水を浄化する「閉鎖式バイオフロック養殖システム」を採用した。水質を安定させることに成功し、大幅なコスト削減につながった。今後は生産規模を拡大し、30年には23年の約3倍となる300トンの水揚げを目指す。
世界の水産資源の生産量は拡大を続けており、22年の天然の魚介類の捕獲を指す「漁業」と養殖をあわせた生産量は2億2322万トンと00年に比べ6割増えた。健康志向を背景とした魚食ブームで世界中で魚介消費量が伸びているためだ。
漁業は乱獲や気候変動などの影響もあり22年は00年比で2.5%減った。各国とも計画的に生産できる養殖に注力しており、その生産量は00年に比べ約3倍に増え、生産量全体の58%にのぼる。
日本の22年の水産資源の生産量は前年比6%減の392万トン。統計開始以降として最少を更新し、養殖の占める比率は24%と世界に比べ見劣る。
沿岸部は養殖に適した場所が少なく、沿岸域で漁業を営む権利である「漁業権」が必要なため拡大が難しい。陸上養殖はこれらの課題と無関係に事業を進められるため、最大の障壁であるコスト圧縮ができれば生産を増やせるとして期待は大きい。
一方、陸上養殖の拡大には技術開発などに時間を要するとして、ニッスイは沿岸から離れた沖合での養殖の拡大や効率化にも意欲を示す。
ニッスイは養殖事業の売上高を30年度に23年度の2割増となる1000億円まで押し上げ、連結営業利益の20%を稼ぐ事業に育てる目標を掲げる。
養殖については、2022年7月にも投稿したことがあります。そのときに、地政学的リスクの高まりを受けて、原材料や食品の調達では、以下の傾向がより強まっていくのではないかと考えました。
・国外から国内までの調達距離は、短いほど供給が安定する
・調達のために領土・領空・領海を経由する国は、少ないほど供給が安定する
・日本と良好な関係にある国からの調達のほうが、そうでない国からの調達よりも安定する
・日本国内ですべて調達できる場合は、もっとも安定する
そして、海産物も日本近海でとれるほうがこれらの傾向に合致し、輸送費などを抑えることもできる、さらにはもっとも供給を安定させることができる養殖は今後有望ではないかと考えました。
その後も養殖ビジネスは伸び続けているようです。同記事で紹介されていたグラフを見ると、2000年以降現在まで養殖での水産量は右肩上がりで伸び続けて、2010年代半ばに世界全体での漁業生産量を世界全体での養殖生産量が逆転し、今では私たちの食する魚の58%が養殖によるものとなっているというわけです。
日本は24%ということですので、まだ伸びる余地があるものと想定します。
さらには、陸上養殖であれば、気候変動による海水の温度や質の変化によるダメージを受けづらくなります。SDGsの流れにも沿う取り組みと言えます。
同記事では、エビの陸上養殖事業で国内初の黒字化とあります。輸入するエビと比べて価格が5倍と高価ですが、インフレ率の基調が日本より他国のほうが高いこと、技術の進歩でコスト削減がさらに進むだろうと想定されることから、両者の価格差も今後縮まってくるのではないかと考えられます。
ところで、養殖(典型的には魚類)にはひとつの壁が存在しているのではないかと想像します。それは、「養殖より天然のほうがおいしいという思い込み」です。(もちろん、おいしい天然もあるはずだと思いますが)
牛や豚などの陸上動物は、「飼育されている牛豚より野生の牛豚のほうがおいしそう」と言う人はほぼいませんが、魚の場合はなぜか多くの人が「養殖された魚より天然のほうがおいしそう」と言いがちです。日本で水産資源の生産量に占める養殖の比率が24%と世界平均の半分にも満たないのは、日本の養殖ビジネス特有の事情もあるのかもしれませんが、もしかしたら「魚は天然がよい」というイメージが日本では強くてそのことが一因なのかもしれません。
しかし、この傾向も今後変わっていくかもしれません。2022年7月に投稿した際、当時小学校に通う息子に協力してもらって聞き取り調査をしてもらったところ、8割がたの級友が「養殖のほうがおいしいと思う」と答えたと言います(休み時間に、「海を泳いでいる天然の魚と、養殖場で育てている養殖の魚、どっちがおいしいと思うか」と、周囲の級友に問いかけてもらいました。一般化できない調査結果ですが)。
子ども世代の養殖魚に対するイメージが変われば、養殖市場にとって今後追い風になるのではないかと想像します。
採算化は難しいとされていた事業でも、
・地政学的な要素や価格の構成要素などの環境が変わる
・関連の技術が進歩する
・消費者の嗜好性(ニーズ)が変わる
など当該事業や市場を取り巻く前提が変わり、採算化が見えてくるものがあるかもしれません。加えて、地球環境問題へのプラスとなる対応など社会貢献につながることであれば、積極的に取り組みたいところです。
<まとめ>
環境が変わり、採算化が困難だった事業が有望事業として成り立つかもしれない。