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小説:ツヅクオンガク 【2000字ジャスト】

カラカラカラと自転車のホイールが鳴く。
また今日も嫌なことがあった。
あの人にラインしそうになる指を折る。
めんどくさい女になりたくない。
めんどくさい女だとバレたくない。
そうして私はドライを装う。
あたし、スーパードゥラァァイ。

チェストの引き出しから古い音楽プレイヤーが出てきた。
香水の瓶みたいなかたちの音楽プレイヤーだった。
両親のどちらかのものなのだろうけれど、もはや知る術はない。
私はおそるおそるケーブルを繋いで充電してみた。
まだ生きている。
だがしかし、どうやって聴けばいいのかわからない。

クラスのオタク君に聞いてみた。
「ねぇ、これってどうやって聴くの?」
「MP3プレイヤーだ、懐かしい。まだブルートゥー」
「キモい」
「えっ」
「早口と横文字キモい」
「わかりやすく説明しようと」
「どうやって聴くの?っつったらこうやって聴くの、って答えればいいじゃん」
「イヤホンジャックにイヤホン挿すんだよ」
「持ってない」
「俺は今なにを要求されてるの?」
「持ってないの?」
「バッグにあるけど、それこそキモくないの?」
「は?」
「いや、他人の使ってたイヤホンとか」
「なんでオタクってごちゃごちゃ言うの?」
「ごちゃ!」
「は?」
「ごちゃ!」
「ごちゃごちゃ言うな」
「俺のイヤホンけっこう高いやつだからなくさないでね」
「あたし使ったあとでイヤホン舐めるんだろ」
オタク君は空を見た。

音楽プレイヤーの中には、古い流行歌がたくさん入っていた。
20年ほど前の曲だろうか。
私は両親の青春を想像してみた。
トレンディー。

データの中に、一曲だけ異質な音楽があった。
どこか外国の音楽なのだろうけれど、知り得る限り思い当たる言語はない。
しかしそれはどうしようもないほど懐かしい音楽だった。

私には音楽を聴くという習慣がない。
代弁されたくない。
私の苦悩は私だけのものだ。
そう、それ、そういうことが言いたかったの、なんて思いたくない。
ゾッとする。

それなのに眠る前に音楽を聴くようになった。
とはいえあの音楽プレイヤーに入っていた懐かしい外国の音楽だけ。
そして私はついあの人のことを考える。
あの人はどんな音楽を聴くどんな人が好きなんだろう。
それが私でないことぐらいしか私は知らない。

「オタクくんさぁ」
「それリアルではじめて聞いた」
「イヤホンまだ借りてていい?」
「いいよ。いっぱいあるから」
「キモい」
「えっ」
「耳何個あるんだよ」
「解説してぇー。イヤホンの違い解説してぇー」
「音楽詳しい?」
「ダブとかアンビエントとかなら。なんで?」
「やっぱなんでもない」
オタク君にあの曲を聴かせるのはなんだか違う気がした。
まるで自分の歌を聴かせるみたいな感じがする。

カラカラを聞きながら気付いた。
そういえば嫌なことを数えなくなった。
音楽のおかげだなんて思いたくはない。
私は音楽なんかに救われたりはしない。
私はそんなウェットな女じゃない。

そう思っていた矢先、あの人を見かけた。
私はとっさにイヤホンをつけた。
気付いていないふりをしなければならない。
私は必死で見なかったことにしなければならない。

その夜、どれだけ探してもあの曲が見つからなかった。

「ちょっと教えて」
「なに?」
「音楽プレイヤーから曲が消えるってある?」
「古いフラッシュメモリだとデータが壊れることはあるかもしれないけど」
「直せる?」
「元データがあれば」
「なにそれ」
「えっと、そのプレイヤーに音楽を入れた…大丈夫?」
「なんにもない」
「じゃあ、なんていう曲だか教えてくれれば探すけど」
「わかんない」
「泣かないで」
「泣いてない」
「いや……うん」
「直せる?」
「やっぱり元データが…いや、いちおう見てみようか。それ借りていい?」
「うん」
「どんな曲だった?」
「Jポップの中に、一曲だけ外国の音楽があったの。どこだかわかんない国の言葉」
「そっか。復元はたぶん厳しいと思うけど、見てみるね」
「うん」

私はぜんぜんドライな女なんかじゃなかった。
いとも簡単に挫けてしまう。
私はいろんなものにすがって生きてたんだ。
あの懐かしい曲やあの人に彼女がいない可能性や両親の記憶や話し相手になってくれるオタク君やなんかに。
音楽のない夜は久しぶりだった。
眠れるはずはなかった。

「見てみたんだけどね」
「どうだった?」
「変な話するけど、ほんとにその曲ってあった?」
「どういうこと?」
「いろんな手段試してみたんだけど、まるではじめから無いみたいなんだよ」
「だってあたし…」
「復元しても、そのファイルだけ無かった」
「だって…」
「そのかわりっていうか、jpegがあった」
「jpegってなに?」
「印刷してきた」
そこには両親と私が写っていた。
小さな私はどの写真でも笑っていた。

私はときどき考える。
私がいつか作るであろう音楽について。
あるいはそれは音楽というかたちではないかもしれない。
でもそれはやっぱり音楽なのだ。
私はそれが名曲になることを知っている。
どうしようもなく知っている。


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