【カオス病院 #1】イケメンのお尻にブルーベリー!?〜血栓性外痔核〜【前編】
病院は女の園である。
しかも私が勤めるこの病院は、患者の90%以上が高齢者だ。稀に入院してきた虫垂炎や肺気胸の若い男性に病院中が色めき立つほどだ。
そんなある日のこと、患者が来院したことを告げる内線がけたたましく鳴り響いた。
「はい、医局で……」言い終わる前にやたらとテンションの高い声が受話器にこだました。
声の主は受付の同期である。
「もしもーし、受付でーす! 驚かないで聞いてね……な、な、なんとぉー! イ・ケ・メ・ン! 受付しましたー!」
「あー、はいはい。どーせ大してイケメンじゃなくて、ただ若い男ってだけでしょ? 今行きまーす……」
内線を切り、外来へ向かう準備をしていると、
「え? 何? イケメン? ちょっと、私に行かせてよ!」
「あとで何系のイケメンだったか教えて!」
「結婚指輪してるか見てきて!」
……まるで女子高にイケメン教師が赴任してきたような盛り上がりっぷりである。
ちなみに、毎日おじいちゃんやおじさんたちばかりを見ているせいか、私たちのイケメンの基準はかなり懐の深いものとなっている。それだけに、ガチなイケメンを想像していざ対面するとがっかり……ということがほとんどだ(失礼)。
待合室をこっそり覗くと、憂いを帯びたイケメンが座っていた。身長はそんなに高いほうではないが、くっきり二重の彫の深い顔はどこからどう見てもイケメンだった。
(うっわ! 本当にイケメンだ!)
受付から受け取ったカルテから、年齢ː25歳という文字を確認する。
(珍しいなぁ。どうしたんだろう。外科受診だし……怪我かな?)
私は緩んだ頬を引き締め、いつも通りを装いながらイケメンの元へ向かった。そして自分の中で一番イケてる角度から話しかけた。
「今日はどうされましたか?」
「あっ……いや……その……」
イケメンは恥ずかしそうに口を開き、ボソボソと小さな声で話し始めた。患者のこういう挙動には身に覚えがある。それは、人には見られたくない部分に何か起こっている時だ。
「その……言いづらいのですが……お、お……しり……がですね……」
今、確かに「おしり」の三文字が聞こえた。
なんということだろうか。こんなに美しい顔立ちなのに、肛門はとんでもないことになっているということなのか。私は「天は二物を与えず」という言葉を思い出した。
「えーと……つまり、お尻にできものができたんですね。分かりました。診察の準備が出来ましたら、またお呼びいたしますね」
ちょっとしたショックを受けつつも、黙々と診察の準備を進めた。大丈夫だ。例えどんな尻であろうと、それぐらいで幻滅などしない。一般的には他人様のお尻を見ることなど非日常の極みとも言えるが、私たち医療者にとってはもはや日常の一部だ。働いていれば見ない日はない。少なくとも私は、どんな尻でも嫌悪感を抱かない自信がある。
診察の準備を終えて私はイケメンを呼びに待合室へ足を運んだ。放送で呼ぶこともできるが、名前を大声で呼ばれたくはないだろう……という気遣い半分、下心半分であえて直接呼びに行った。
「診察の準備ができましたので、こちらへどうぞ」
にこやかに対応する私とは正反対に、イケメンはまるで絞首台へ向かうかのような足取りであった。
(若いし、イケメンだし、相当悩んで病院来たんだろうな……)
実際、痔の患者さんは羞恥心からか、病院への足が遠のきがちだ。痛みが羞恥心を上回った時に初めて受診するのだ。そのため、初診時には既に酷くなっていることが多い。
「では、ズボンと下着を膝までおろして、こちらのベッドに横になってください」
(後編へ続く)
著者:藤見葉月
イラスト・編集協力:つかもとかずき
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