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【カオス病院 #4】愉快な手術室〜ターゲットになったら終了〜

「ねぇねぇ、知ってる? 放射線の茶髪の人と、今年入ってきたリハビリの子、付き合ってるらしいよ!」

「まじか……。それ、どこで聞いたの?」

「手術室!」

「またか……」

 手術室は病院の情報交換所でもある。

 手術室というと……白く無機質な空間、まばゆく照らされる手術台。術衣を着た医師たち、常に緊張感の漂う空気……。きっと誰もがこんなイメージを抱くだろう。

 ところが現実の手術室は、かなり和気あいあいとした雰囲気である。実は病院内で一番楽しい場所なのではないか、と思う時があるほどだ。

 BGMにアイドルソングが流れ(執刀医によって曲を変えている。90年代JPOPが人気)、病院中の愉快なゴシップが行き交う。ゴシップの内容は実に多種多様だ。医師はもちろん、看護師や他のスタッフも、病棟などの他の場所に顔を出す機会が多々あり、随所で情報を仕入れているのだ。

 また、情報の仕入れ先は職員同士だけではない。信じがたいが、局所麻酔下などの手術で患者の意識がある時は、手術を受けている患者も交えて雑談をすることもある。

 親しい患者から、

「手術? あっという間だったよ~! 先生とゴルフの話をしてたら、いつの間にか終わってた!」

と言われた時は度肝を抜かした。

 だが実際、患者からしてみれば手術は恐怖や緊張を伴うものなので、会話をして気を紛らわすのは良いこと……なのかもしれない。

 それはさておき、手術室のゴシップのターゲットにされるほど恐ろしいことはない。その恐ろしさを体現したエピソードがある。

 たまたま初対面の手術室のスタッフに用があって声をかけた時のことだ。

「あのー、すみません。クラークの藤見です。処方の件で……」

「藤見さん? あー! チーズケーキの!?」

「えっ!?」

「一人でワンホール食べたんでしょ? すっごいねぇ~! 先生もびっくりしてたよ。ケーキワンホールのカロリーがどれくらいあるのか分かってるのかー! って。あはは」

「なぜそれを……!?」

 ――それは、残業していた時のことであった。冷蔵庫から消費期限切れのチーズケーキが発掘されたのが事の始まりだった。医師の貰い物らしいが、すっかり食べるのを忘れていたらしい。もったいないけど捨てよう、ということになったのだが、一口も食べられずにゴミ箱に捨てられるチーズケーキのことを思うと、胸が張り裂けそうになった。どうしても堪えきれなかった私はチーズケーキの消費に立候補した。

 その場にいた同僚、そして医師までが賞味期限と消費期限の違いをまくし立てた。賞味期限はおいしく食べられる期限、消費期限は安全に食べられる期限であると。私は軽く聞き流した。安全が保証されていないことは承知の上だ。

 そして、最初は一切れだけ……と思っていたが、あまりに美味しかったため、ついつい全部一人で食べてしまったのである(良い子は真似しないでね! ちなみに、その後は特になんともありませんでした)。

 ……なんということだろう。こんな話が広まっては、影でどんな不名誉なあだ名で呼ばれるかわかったもんじゃない。

 あの場には私を含め3-4人くらいしかいなかったはずなのに……。完全に油断した。

 だが、じたばたしたって仕方がない。「手術室で話題になった」、それが意味することはすなわち、その噂は既に病院中に知れ渡っているということだ。時すでに遅し、である。

 ただより高い物はないとはこのことか。私は為す術もなく、手術室をあとにした。

 それからというものの、私に食べ物をくれる人が増えたのは、多分気のせいではない。

著者:藤見葉月
イラスト・編集協力:つかもとかずき

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