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【カオス病院 #10】造影剤ショックとコードブルー

「業務放送です。院内の医師・スタッフはCT室まで99番連絡ください。繰り返し連絡します……」

初めて聞いたその放送は、まるで迷子の放送のように、いたって事務的に伝えられた。



皆さんはコードブルーとは何かご存知だろうか?

山Pでお馴染みの「コードブルー」という人気ドラマの存在も手伝って、一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。コードブルーとは、一言でいうと……

「やばい! 患者さんの容態が悪化して命が危ない! とにかくみんな集まって~!」

ということである。余程手の離せない状況でない限りは駆けつけるので、現場がスタッフだらけになる。

ちなみに病院で使われるスタットコール(隠語を使った緊急の放送のこと)の中には、他にも色々な種類がある。

コードホワイト→院内で暴力行為もしくは不審者が現れてピンチ!

コードレッド→院内で火災発生

コードグリーン→重傷者が搬送されてきた、もしくはテロなどで沢山の死者が出ることが予想される状況(考えたくもない状況……)

コードイエロー→緊急事態発生(何故か急に大ざっぱ)

コードゴールド→臓器提供者の死亡

このように色々な種類があるが、私が病院にいた数年で経験したのは、コードブルー二回だけである。もちろん、病院によってはもっと頻繁に色々なコールを聞くのかもしれないが……。



放送された時、私は外来にいた。乙女(おとめ)先生と共に、定期診察で訪れる患者さんの対応をいつも通りしていた。忙しいのは毎日だが、平和なひと時だった。

そんな時、けたたましく例の放送が鳴り響いたのである。

「業務放送です。院内の医師・スタッフはCT室まで99番連絡ください。繰り返し連絡します……」

コードブルーのことは、入職時に先輩から

「とりあえず、放送された場所に走っていけばいいから!」

と聞いていた程度であった。

まさか本当に使われる時が来るとは……。おろおろと狼狽えていると、

「行くわよ!」

と言い、先生が突然走り出した。

医師は総じて早足であることが多いが、走っているところは今まで見たことがなかった。やはり、それほどの状況なのだろう。私も後から乙女先生を追い、あっという間にCT室まで到着した。

CT室には、40代くらいの女性が泡を吹いて失禁して倒れていた。意識はないらしく、白目を剥いている。

「……!!」

人間が泡を吹いて倒れるなんていうのはよく聞く話だが、実際にその現場を目の当たりにしたのは初めてだった。

こんな時、クラークである私はほとんど何もできない。医療従事者ではあるが、医療行為(ざっくり言うと患者さんに直接触れるような行為。もちろん注射なども)はできないので、ただひたすら邪魔にならない場所で状況を細かくメモしながら見守るしかないのである。

「先生! 造影剤ショックです!」

「あらあら……大丈夫大丈夫。よくあるよくある~」

のんびりした口調とは裏腹に、素早く手を動かし処置を開始する。騒然とする現場に医師が一人現れただけで、一気に落ち着きを取り戻した。すごい。

「お待たせ~! って、あれ。乙女先生に先越されちゃったー!」

「なんだ、一番乗りじゃなかったか」

「あ、茶良(ちゃら)先生に厳山(いずやま)先生……」

息を切らしながら二人は登場した。

「せっかくダッシュできたのにー! でも乙女先生がいるならもう大丈夫そうだね。良かった良かった」

「造影剤ショックか。ワシが診たかった……ここにいたらかえって邪魔になるし、戻ろう……」

「お、お疲れ様です……」

現場はまだまだ騒然としている中、二人がとぼとぼ歩いていく後姿がなんともシュールだった。その後も、病院中の医師から内線で状況を聞かれたりと、コードブルーの威力を思い知った。



その後、倒れた女性は無事意識を取り戻した。

「造影剤ショックっていうので倒れてしまったのですが、覚えてらっしゃいますか?」

「え、うそぉ! 私倒れたの!? 検査の時くらいから全然記憶がないと思ったら~!あははは~」

……あなた、結構やばかったんですよ。あなたを救うために、たくさんの人が息を切らせて駆けつけたんですよ。

という言葉が一瞬喉元まで出かかったが、白目と失禁のことを思うと、何も覚えていない方が幸せだろうと思い、押し黙った。

彼女が倒れた原因は、造影剤アレルギーである。造影剤とは、CT検査やМRI検査をする際に、より病気を見つかりやすくする薬剤のことである。
点滴で体に薬剤を注入し、検査をするのだが、稀に造影剤ショックが起こってしまうのだ。約6000~9000人に一人程度の発生率なので、ほとんどの人は平気なのだが、アレルギー体質の人は注意が必要だ。

「はぁ~~びっくりしたね~。暫くコードブルーは嫌だなぁ」

「乙女先生、すっごくかっこよかったです……! 米倉涼子みたいでした……!」

「あ、そこはコードブルーじゃないのね……」

病院は毎日が戦争だ。

医師や看護師はもちろん、私のようなクラークも全力で働いているので、安心して病院に来てほしい。

著者:藤見葉月
イラスト・編集協力:つかもとかずき

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