【カオス病院 #5】グロ耐性診断
入職して三日。右も左もわからない新入職員だった私たちは、ちょっとした窮地に立たされていた。
「や、やばい。私、無理……」
「う、うーん……これはなかなかキツいね……」
「……」
「え、ちょっと大丈夫!? 顔真っ青だよ!?」
「……」
「だめだ。先輩呼ばなきゃ……」
ぐったりとうなだれる同期の潔癖さんをそっと椅子に寝かせ、私は先輩の元へ走った。
新人はとにかく暇である。知識がなさすぎて、一人では何も出来ないからだ。誰にでも出来る簡単な仕事は、他の新人と奪い合いになるほどだ。
ただでさえ忙しい先輩たちは、明らかに私たちを持て余していた。クラークという職種は新しく、近年こそ導入する病院が増えたが、まだまだ馴染みのない職業だ。
そのためか、ろくにマニュアルもなければ、そもそもまだ誰一人として完璧に一人前の仕事が出来ていないという中途半端な状態であった。
それなのに新人が入ってきて、腹を空かせた子犬のように今か今かと仕事を待っているのだから、先輩たちはさぞ頭を悩ませたことだろう。
そんな私たちの日課は、手術の動画を見て勉強することであった。私の病院では手術の動画が研修医向けにパソコンに保存してあり、職員はそれを自由に閲覧できたのである。
正直、そんな動画を解説もなしに見せられても何が何だか分からないし、スプラッター映画を見ているのとそう変わりはない。実際、手術の動画を見て何か仕事の役に立ったかというと、ほぼ何も役に立たなかった。
事務所に辿り着いた私は、黙々とデスクワークをこなす先輩方に声をかける。
「すみません! 潔癖さんが手術の動画を見て気持ち悪くなったみたいで……」
「あらあらー。大丈夫? 外来のベッド空いてるから、そこで休ませてあげて」
「は、はい」
全く動じない先輩に肩透かしを食らいながらも、私は潔癖さんの元へと戻った。
「潔癖さん、大丈夫? 動ける?」
「う、うん。少し落ち着いた……」
ちなみに、手術の動画はもちろん無修正である。
時々、地上波の番組でも手術中の映像が映し出されることがあるが、どれもしっかりモザイクが入っている。そんな映像でさえ、直視できない人は多いだろう。潔癖さんの反応はごくごく普通のものだ。
「藤見さんは平気なの……?」
「いや、私もちょっと気持ち悪くなった……しばらくはお魚さばくの嫌だな……」
「だよねぇ~明日もあれ見なきゃなのかなぁ……」
「SAW観る方がマシ」
「あはは、ある意味ね……」
潔癖さんをベッドに送った私は、とりあえず先輩たちの元へ戻ることにした。
「お疲れさまです」
「お疲れさま。潔癖さん、大丈夫だった?」
「ベッドで少し休むそうです」
「そっかそっかぁ。あの子、グロいのとかダメなのかな?」
いやいやいやいや! 誰だってあんな映像小一時間見続けたら具合も悪くなるだろ! ……というツッコミは新人の立場上、ぐっと押し殺した。
「……そうかもしれませんね」
「そっかぁ……。ふんふん。じゃあ、藤見さん外科決定ー!」
先輩は笑顔で私にそう告げた。
「え? あの……」
「外科か内科、どちらかに配属しようかなと思ってたのー。どっちがどっちでも良いと思ってたけど、うんうん。そういうことなら藤見さんが外科よね」
「あ……私もグロいのが得意というわけでは……」
「決定ーーー!」
「あ……」
こうして私は、消去法で外科に配属となった。
のちのち聞いた話によると、数年前にグロ耐性が低い新人が外科に配属になってしまい、仕事中に倒れたことがあったので、私たちが大丈夫かどうか見極めようとしていたそうだ。
普通にグロ耐性があるかどうか聞けば良いのに……と思ったが、潔癖さんが倒れ損になる気がしたので、そっと胸の内にしまうことにした。
著者:藤見葉月
イラスト・編集協力:つかもとかずき