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値引き交渉はもう怖くない。~価格は顧客からの期待値~
営業と値引き交渉
「値引き交渉」という言葉を聞いていい気持ちになる営業の人は少ないと思います。プライシングとは事業における最重要イシューの一つで、値決めには数多くの戦略と思考が関わっています。それなのにその価格を下げて欲しいと相談され、泣く泣く対応した経験は皆あるのではないでしょうか。
今日は営業シーンにおける適正価格のあり方、について書いてみようと思います。かれこれ10年ほど法人営業としてキャリアを積んできて、値引き交渉された数は1000件を超えていると思います。
ちなみに私は値引き交渉の現場が好きです。これをいうと気味悪がられるのですが、営業の介在価値を直接的に感じることができる数少ない場面なので、顧客から値段の相談が来たらワクワクします。そんな私なりの値引き交渉との付き合い方、適正価格の決め方についてつらつら書いてみようと思います。
私はこんな人間です。よければSNSなども是非ご覧ください!
なぜ「適正価格」が重要なのか
まず前提として、「適正価格を設定する意義」について整理します。安易な値下げは短期的に契約数を増やす手段として有効かもしれませんが、以下のようなデメリットが生じる可能性があります。
長期的なサービス開発・事業開発への投資資金が不足し、将来的に顧客へ返せる価値が縮小する
値下げしすぎると、利益が十分に確保できず、サービスやプロダクトへの再投資が難しくなります。結果的に機能開発やサポート体制の整備が滞り、顧客が本来得られるはずだった価値を落としてしまう可能性があります。値引きが大きい顧客と適正価格を支払っている顧客との間で、追加支援の優先順位に差が生まれやすい
一部の顧客だけが極端に低い価格で契約している場合、どうしても収益性の高い顧客を優先せざるをえなくなることがあります。「お金をたくさん払ってくれている人を優遇する」という意識がなくとも、リソース配分の結果として支援格差が発生するのは自然な流れです。「安いから導入する」というモチベーションでは、顧客が本気で施策を実行しにくい(成果が出づらい)
価格が安いことが主な導入理由になると、顧客も施策に対して“本気度”を高めにくいものです。成果にコミットするよりも「とりあえず安いから…」というスタンスになりがちで、結果的に期待する成果が得られない可能性が高まります。
逆に言えば、適正価格であればこそ、サービス提供側もリソースを十分に投下でき、顧客に最大限の成果をもたらす支援体制を整えられます。結果的に、顧客の満足度や長期的な利用意欲も高まり、追加導入や継続利用、あるいは他社への紹介といったポジティブサイクルに繋がります。
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適正価格によって得られる長期的メリット
「単に高く売りたい」のではなく、「適正な価格設定を通じて、顧客に大きな価値を還元したい」というスタンスが重要です。なぜそれが顧客にもメリットとなるのか、もう少し具体的に見てみましょう。
サービス向上のための投資が進む
適正価格で契約が成立すれば、サービス提供側は新機能の開発やサポート体制の拡充に資金を回せます。結果的に顧客が利用するサービス自体が進化し、付加価値が高まるため、顧客もより大きな成果を享受できます。継続的なコミットメントが生まれる
お互いが納得感のある価格で契約していると、顧客も「この投資を回収するために使いこなそう」という前向きな姿勢になりやすいです。さらにサービス提供側としても、「しっかり支払ってもらっているからこそ最大限サポートしよう」という意欲が高まり、長期的な関係性が築きやすくなります。顧客の組織変革を支える基盤になる
たとえばBtoBサービスの場合、導入によって大きな組織変革や行動変容を起こす可能性があります。これらは短期的に成果が見えにくく、長期的な伴走支援が必要です。適正価格が担保されていると、サービス側は腰を据えて支援を続けられ、顧客も途中で投資を惜しむことなく着実な変革を進めることができます。
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売上要素の因数分解:自社の価格構造を見直す
価格設定を考える際、自社の売上がどのような掛け合わせで構成されているかを整理することが出発点になります。たとえばBtoBのサービスであれば、以下のような要素がよく使われます。
プラン(サービス内容・機能セット)
利用者人数
契約期間
従量課金(APIリクエスト数や使用量に応じた料金など)
オプション(追加コンサルティングやカスタマイズ、サポートなど)
自社の事業モデルによっては、これら以外の売上要素もあると思います。重要なのは、どの要素を拡大すれば顧客がより成果を出しやすく、かつ自社としても収益が最大化できるのかを見極めることです。
顧客が大規模に利用したいなら「利用者人数」を伸ばす
機能が多彩で、より高度な活用を望むなら「上位プラン」の提案を中心にする
行動変容や組織改革といった長期的成果を求めるなら「契約期間」を十分確保する
「プラン × 利用者人数 × 契約期間 ×(その他の要素)」といった形で因数分解しながら、理想の活用形態をまず提示し、その後で顧客とすり合わせるのが定石です。
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“適切な形で価値を届ける” ためのディスカッション
適正価格を提示するとき、大切なのは「高く売りたい」という印象を与えないようにすること。ただでさえ顧客は「営業は売ろうとしている。こちらの利益など考えていない」と思いがちです。(実際そういう営業が多いからなのですが・・・)むしろ、どのようにすれば顧客が求める成果を最も効率よく、かつ確実に得られるかを一緒に検討する姿勢が求められます。
価格交渉は “高く売る” ためでなく、“適切な形で価値を届ける” ためのディスカッション
この考え方をベースに、以下の3ステップで進めるとスムーズです。
顧客の課題とゴールを共有する
顧客が目指す理想像や解決したい課題を深くヒアリングする
投資対効果がどれほど重要視されているか、導入後のKPIは何か、担当者と決裁者で認識の差はないかを確認
顧客の背景(導入の経緯、上司や社長の意向など)も把握することで、価格と成果の紐づけを具体的にイメージできる
ベストプランを先に提案する
上記の売上要素の因数分解に基づき、自社が提供できる最大の価値をフルに活用してもらえる前提でプラン/人数/期間などを提示する
「思ったより規模が大きい」と感じたら、どの機能やサポートを削るかを顧客と話し合いながら少しずつ調整する
最大リターンを想定したプランから交渉を始めることで、価格だけではなく“価値”の要素も明確に示す
価格を下げるなら、トレードオフを明確に
「費用を下げたい=提供サービスを縮小する」ことになるため、失われるサポートや将来的な改善余地をしっかり説明する
そのうえで「本来の理想成果を少し下げる」ことに対して、顧客の合意を取る
値下げをした結果、期待値がどの程度変化するのかを明示し、後々のトラブルや不満を回避する
こうしたステップを丁寧に踏むことで、「もっと安くならないのか?」という話が出ても、一方的な値下げ合戦ではなく「必要な価値を正しく届けるためにはどうするか」という前向きな議論がしやすくなります。
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新規顧客と既存顧客での提案アプローチの違い
価格交渉において大事なのがアンカリング。つまり、価格に対してどのような目安を持っているかをコントロール(もしくは把握)することです。
新規顧客
導入実績や予算感が定まっていないケースが多く、こちらが提示する内容がそのままアンカーになりやすい
新規顧客は情報も少なく、価格の相場観を持ち合わせていないこともしばしば。ここで適正価格を提案できれば、そのまま基準として認識される可能性が高いです。最初から大幅な値下げ案を出してしまうと、「このサービスは安価でも成り立つもの」と誤解される
値下げ前提のイメージが付いてしまうと、以降の交渉やアップセルが難しくなります。サービスの価値を正しく評価してもらうためにも、最初の提案が大切です。「理想の導入形態」を示し、その価値を細かく解説することで、顧客に投資の必要性を実感してもらう
新規顧客ほど、サービスの“活用イメージ”をつかめていない場合が多いです。数値的な根拠や具体的な成功事例などを交えつつ、「なぜこの価格になるのか」を丁寧に伝えましょう。
既存顧客
すでに導入した実績(トライアルや小規模導入など)がある場合、その時の価格や規模がアンカーになりがち
「前回は◯◯円だったのに…」という比較が起きやすいです。たとえトライアルで限定プランを提示していたとしても、それが顧客の中では基準値になっている可能性があります。前回は短期間・少人数でテスト導入していたなら、今度は「本導入」の意義やスコープの違いをはっきり説明する必要性がある
トライアル時と本格導入時では、求める成果やサポート体制は大きく異なります。狙うKPIや導入範囲(利用部門など)も拡大しているはずなので、前回との比較をしっかりクリアにしましょう。「前回の効果測定をふまえ、拡大導入することで大きな成果が期待できる」というステップアップのストーリーを描く
小規模導入時の成功を踏まえ、今度は本格導入でどこまで成果を伸ばせるかを数値やロードマップで示します。価格が上がる背景には“より大きな成功”があることを強調するのが重要です。
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価格ロジックの説明が必要なタイミング
プランや期間、人数などを「なぜそう設定すべきなのか」説明するタイミングを誤ると、顧客に誤解を与えかねません。下記は、ロジック説明を行う代表的なタイミングと、そのポイントの例です。
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とくに値下げ交渉の場面では、「価格が下がる分、どの部分の価値が削られるのか」を相手に理解してもらう必要があります。ロジックを整理しておくことで、顧客も「安くなる代わりに、あのサポートがなくなるのは困るな」と納得感を持てるようになります。
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商談フェーズと見積もり金額の関係性
商談が進むにつれ、顧客の課題感や予算状況がより明確になっていきます。そのフェーズごとに見積もり金額をどのように提示するか、考え方をまとめました。
浅い段階で高めの見積もりを出す理由
予算は変動余地があることが多い
“少し高いが効果的”という認識を作る。「安かろう悪かろう」にならないよう誘導
ここで提示した金額をベースに、後の交渉で“妥当な水準”を再設定する狙いもある
深い段階での調整
顧客の事情や稟議状況を踏まえ、どのレバー(プラン・期間・人数など)を下げるかを一緒に判断
無意味に安くするのではなく、価値とコストのバランスを取り続ける
具体的には、利用人数を少し絞るのか、契約期間を短くするのか、サポートレベルを抑えるのか――常にトレードオフを意識して調整する
価格に対する顧客の反応は、商談が進むなかで常にアップデートされます。その都度、サービスの価値や導入メリットを再認識してもらいながら、最も効果的な価格構造をすり合わせていく姿勢が重要です。
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価格交渉の考え方:顧客にとって最適な着地点を探る
価格交渉は「なんとかして高値を勝ち取る」ための駆け引きではありません。むしろ、適正価格を設定して長期的な成果を狙うためのディスカッションです。下表で、価格交渉時に気をつけたいポイントと、具体的な対応を示します。
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値引き交渉は顧客の価値基準を把握するチャンス
価格交渉で「もう少し安くならないか?」と言われたとき、相手が重視している価値基準を探る絶好の機会でもあります。
コスト面が最優先なのか
それとも“付加サービス”に魅力を感じているのか
稟議を通しやすい金額帯が事前に決まっているのか
こうした情報をキャッチアップすれば、むやみに値下げするのではなく「それならこの部分をカスタマイズし、こちらを少し削りましょう」といった提案型の対応が可能になります。
このように、「どこまでが必要で、どこを削っても大丈夫か」を顧客と正直に話し合うことで、価格と価値のバランスをとることができます。ディスカウント=必ず悪ではありませんが、値下げの代償として将来的な価値提供が制限される事実を共有し、最適な落としどころを見つけていくことが大切です。
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顧客と事業、両者を成長させるための適正価格(まとめると)
値下げは短期的な契約数拡大には役立つかもしれないが、長期的に見るとサービス開発や追加支援への投資を難しくし、将来的に顧客に返せる価値を減らすリスクがある
企業にとって開発や改良が滞れば、サービスの品質を維持・向上することが難しくなります。長期的な顧客満足度を得るためには、いかに収益を再投資できるかが鍵です。すべての顧客に同等の価値提供をしたいと思いつつも、予算やリソースの都合上、適正価格を払っている顧客により手厚いサポートが可能になるのは自然なこと
これは“企業努力不足”ではなく、ビジネスの必然です。十分な資金をいただくことで、より充実した支援体制や追加施策が可能になります。だからこそ、価格交渉は「顧客にとっても事業にとっても最良の形で導入できるか」をすり合わせるディスカッションであり、一方的な値下げや駆け引きではない
価格のみに焦点を当てると、短期的には契約が取れても、長期的な成果に繋がらないケースが多いです。むしろ、お互いが納得する形を探ることで、継続的なパートナーシップを築きやすくなります。売上要素の因数分解(プラン/利用者人数/契約期間/従量課金など)を通じて、まず顧客が最大成果を得られる理想形を提示し、不必要な部分だけを丁寧に削る
これにより価格と価値の関係性がクリアになり、顧客も「どこに対してお金を払っているのか」を納得しやすくなります。新規顧客には最初の提案が基準になりやすい。既存顧客には前回と今回の導入目的の違いを説明し、アップグレードの必要性を訴求する
アンカリングを意識しながら、顧客の期待値を適切にコントロールすることが大切です。
「高く売る」ではなく「適正な価格で最大の成果を得てもらう」ためにこそ、値下げを安易に選択しない勇気が求められます。 そこには顧客へのリスペクトがあり、結果的に強固なパートナーシップを育むことができるのです。
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最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも営業やレベニューに関わる記事を書いていこうと思っています。SNSもよく更新しているので、よければご覧ください!