みなさん、おはようございます。
私、フジガッキーは、昨日10月31日をもちまして株式会社群馬銀行を定年退職いたしました。
1985年の入行以来、36年間にわたる勤務でした。1985年というと、8月に日航ジャンボ機が御巣鷹の尾根に墜落した年であります。ちょうど勤務していた支店から、夕方帰りの車の中でその悲報を驚愕の思いで聴いていたことが思い出されます。
入行時はまさにバブル全盛の時代で、すべてが右肩上がり。イケイケの時代でした。この数年後にバブルがはじけるとは予想だに出来ませんでした。若い薄給でもピークで月4回ゴルフに出かけていました。あの軽井沢72東コースで、ビジター料金が4万円以上していました。因みにそこで生涯ベストスコア82を出しました!
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融資・審査・管理セクションが長く、数多くのお取引先さまに実に多くのことを学びました。長く続けること自体に価値がある、技術の伝承は一朝一夕にはなし得ない。VUCAの時代といわれていますが、その企業にとっての強みである、守るべきものはしっかりと守り抜いていく。時代が移れども、今後とも大切にしていきたいと肌で感じています。
銀行取引の根幹となる契約書の銀行取引約定書も、差し入れ方式から相互署名・相互所持方式に変わる時代に、本部セクションで関わりました。でもしょせん債権者と債務者、厳然とした立場の違いがある。今と違って、お取引先事業者支援も本格的には行なわれておらず、支店長や担当者の考え次第で対応もまちまち。やる気のある支店長はやる、反面そうでない支店長も少なからずいた、そんな時代でした。
真の事業者支援がしたい
裏を返せば、銀行員ではそれは不可能に近い。支店では担当者は2,3年で転勤します。その間に企業の実態や事業の仕組みぐらいは理解できるでしょうが、ハンズオンで経営者や従業員と本気になって事業を再構築するなど、そんな短期間で出来るわけがないと個人的に思っています。
なので、ようやくその昔からの思いを実現すべく、いまスタートラインに立てた思いがしています。そんな清々しさを感じる朝です。
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今日からは、個人事業主。県内の民間コンサル会社に籍を置きながらも、
群馬県よろず支援拠点コーディネーターとして週2日勤務いたします。
「地域に笑顔と幸せを届けるお手伝い!」
さあ、出かけてきます😃
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