雲の中のマンゴー|#27 役所のアイツ
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第27話 「第5章~その4~」
沢村登と黒岩玄は、スマート農業推進事業を申請する前に市役所の窓口へ相談に来ている。今日で3回目だ。
1回目はこの事業の説明を受けるために訪問した。2回目は提出する事業計画の概要について相談をした。今回は、前回指摘された事業計画のことで訪問した。
「だから、何度も言っているじゃないですか!新規事業なんだから実績なんてあるわけないでしょう。これから作っていくんですから!」
「そうは言いましてもね。マンゴー栽培は2年目なんでしょ、ほんとに大丈夫なんですか??」
「栽培のことを心配されているんですか?それは問題ありません!もちろん不安要素がないわけではないですが、それらを解決する手段は既に用意しています。今回のスマート&ユニバーサル農業化についても実績のある専門家と業務委託契約も締結しています。」
2回目の相談の席に、市情報局農業版DX推進担当の辛藤が同席してきた。ロジカルであり屁理屈と嫌味交じりで、事業計画のたたき台のあら捜しに熱心な男だった。登たちの事業を、未来の夢を否定する辛藤。
「沢村さん、いずれにしてもですね。この事業計画の状態では到底受け入れられません。おとなしくマンゴー栽培だけをしていたほうが良いと思いますよ。」
「ちょっと、なんですかその言い方は!失礼なヤツだな!」
「社長、ここはひとまず会社に帰りましょう。辛藤さん、また連絡します。相談だけは拒否しないでくださいね。」
「はい、もちろん。それが役所の務めですから。」
マンゴーハウスでマイカーに乗り換え、株式会社サワムラの品質管理センターに顔を出した。クリーンルームでは、老齢な男たちが、白のユニフォームにマスク姿で細かい部品を睨めつけている。その表情を見ているとなぜか落ち着く。
「社長、やっぱり来ましたね。」
「えっ!なんですか松田さん?」
「さっき玄さんから【社長が行くかもしれないぞ】とLINEが入ったんですよ。何かあったんですか?私たちにできることがあったら言ってください。」
「そうだったんだ…苦笑。。松田さん、ありがとう。実はねマンゴーハウスの新規の取り組みのことで市役所と揉めちゃって。やっぱり無謀なのかなぁ…でもあんなに否定することないのに。。ああやって否定されると心が折れそうになるんだよ。」
「正直なところ、まだ1年しかマンゴー栽培をやっていないのに、新しい取り組みをするというのは心配です。ただ、社長の想いは以前に比べてずいぶんと理解できるようになりましたから大丈夫なんでしょう。それに、なんと言っても玄さんがそばについているし。」
「なるほどね。そうかぁ、やっぱり心配なんだ。でもありがとうございます!今日はもう家に帰りますわ。」
「ただいま~。あれお袋、今日はどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ!さっき黒岩くんからLINEが来て電話で事情を聞いたわよ。いま美恵さんとも話してたのよ。あんた、役所の人と喧嘩して大丈夫なの!?」
「まったく玄さんは。。最近覚えたてのLINEを使って、あっちにもこっちにも…」
「それより、また新しいことやるんだってね?あんたのことだから止めても聞かないだろうけど、美恵さんと子供たちのことは気にして見てあげなさいよ。」
「お義母さん、私たちは大丈夫ですよ。むしろ登さんの体が心配です、なんだかんだ突き進んでしまいますからね。お義母さんもそのことが心配なんですよね?」
「あらら…二人とも、心配してくれてありがとう。今は少しひとりになりたいのよ、飯は後で軽くつまむから先に食べてていいよ。」
登は書斎にこもり目を閉じた。少ししてスマホを取り上げ、中国にいる沢村一に電話をかけた。
「もしもし親父、今いいか?」
登は、今日のこと一部始終を話した。しばらくして、スマホのスピーカーから、ゆったりしたいつもの低音ボイスが聞こえてきた。
「いいか登、夢に進む過程では色んな人間が出てくる。応援するものだけなら嬉しいことだが、お前の夢を否定する者も出てくる。そして、その夢を心配するものも出てくる。経験上、夢を心配してくれる人は、後になって側で助けてくれる人だ。その人は大事にしなくてはならない。母さんもそうだった、苦労させた。登、焦るな。じっくり行け、玄もついている。」
「役所のアイツに、あぁ言われちょっと痛いところも突かれ、なんか反射的に焦ってしまった。まだまだだな俺は…」
「なに全く問題ない。ワシがお前の年頃だったら、とっくに殴りかかっていた。お前のほうが大人だ。」
「ふふっ…笑。そうか、ちょっと落ち着いてみるわ。一度、現場のことに目を向けてみるよ。心配してくれる人のことを考えてみる。親父、ありがとう、またな。」
ユニバーサル農業か。誰もが働きやすい農場か。そういえば、お袋はよく躓くようになったなぁ。家のバリアフリー化は進めているけど、最近は気温も程よく調子が良いときはハウスの手伝いもできるようになったし、ハウス内のことも一度しっかり見てみるか。そうしよう。
翌朝、マンゴーハウス内を一通り観察し、潅水チューブの修繕作業をしている黒岩に声をかけた。
「玄さん、この分電盤のモールはうまく処理できないかな?平らにしたいんだけど、お袋が躓きそうなんだよね。」
「なるほど、そうですね。配線処理を考えてみますよ、そのぐらいの出っ張りが一番厄介ですからねぇ。来年春に絹枝さんがハウスに手伝いに来る頃までには、すべてのモールの処理を完了するようにしておきます。」
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