2084年(2)ツイッギーを超えた女
このあたりが特殊な一画と化したのには、ひとりの女性の存在も大きかった。
中林美緒。
2036年生まれの彼女は、ここにある名門女子大の幼稚園に通い、大学まで進んで卒業した。
小学校時代から雑誌モデルを始め、高校時代にはコスプレイヤーとしてデビュー。
このとき、二次元体型に近づくために行った極端なダイエットがその運命を変えることになる。
身長165センチで48キロだった体重を33キロまで減らし、アニメやマンガ、ゲームのキャラに扮したコスプレの画像や動画を発信。
顔が痩せにくいという特質も活かし、SNSの世界的流行と日本の二次元カルチャーの海外での人気も追い風にして、マニアックな人気を獲得した。
ただ、若い女性の痩せ願望を煽るとして批判もされ、自身も痩せ願望をこじらせてしまう。
体重を25キロまで落とし、数ヶ月の入院を余儀なくされた。
しかし、33キロまで戻して復活。
日本の「カワイイ」文化を輸出するために作られた国家的プロジェクトの後押しも受け、美容や演出、撮影の一流スタッフのもと、生み出されるコスプレは以前よりも完成度が増していた。
通常、拒食的な痩せ方で生じがちな骨々しさなどを巧みに軽減させる技術は「ミオマジック」と呼ばれ、国内外での人気がさらに上昇。
その体型とコスプレの完成度を10年近く維持したことで、いつしか批判もおさまり、ひとつの芸術として認知されることになった。
当初、海外では「ツイッギーの再来」「和製ツイッギー」などと呼ばれたが、やがて「ツイッギーを超えた女」という称号まで獲得。
ちなみに、ツイッギーとは20世紀後半の世界にミニスカートブームを巻き起こした伝説のモデルで、その芸名は「小枝」に由来する。
身長は中林と同じ165センチで、体重は41キロ。
中林のほうが8キロ少ない。
痩身美の極みをさらに進めたという意味ではたしかに「超えた」存在かもしれなかった。
なお、32歳でコスプレ活動を引退した中林は、母校の大学に就職。
共学化の流れのなかで経営が傾きかけていた母校の立て直しに尽力した。
彼女が提案したのは、世界的にも例のなかった美容芸術ファッション学部の新設。
なかでもモデル学科は、人気を集め、高い競争率を勝ち抜いた学生たちからは一流のモデルも輩出された。
細くなければ入れないだけでなく、入学後にもほとんどの学生が痩せるという特殊な学科だ。
この学科の存在もまた、細い女性ばかりが行き交う「スキニータウン」の風景に貢献している。
そんな功績により、現在は学園のナンバー2。
次期学長の本命とも目されている。
だが、それ以上に気になる噂も。
「第二の中林美緒」がそろそろ出現するのでは、というものだ。
じつはその噂はかなり前からあり、実際、モデル学科はもとより、他の学科や学部、いや、系列の中学高校にも、中林に憧れ、彼女のようになりたいと思って入ってくる女子は少なくない。
ただ、中林自身は以前、その可能性を否定した。
コスプレに限らず、極端な細さを維持しながら、見せるパフォーマンスを繰り広げるには、並大抵の体力や精神力では無理、というのがその理由だ。
それでも、彼女のようになりたい女子はいるし、その出現を期待する人もいる。
もし彼女がその才能を認めたなら、それは間違いなく、彼女と同等か、それを超えるかもしれない逸材であることを意味するからだ。