2084年(7)クレイジーSを着るために⑤
一方、女主人もまた、自分の発した言葉に驚いていた。
自分語りはしないようにしているし、実際、ほとんどしたことがない。
過去を語り出したらキリがなく、また、明るい内容でもなく、ましてや相手は自分の娘でもおかしくないような高校生だ。
ただ、あんな言葉を発してしまった以上、何も語らないのは不自然だし、不誠実なことでもある。
じつは女主人もかつて、細いことに憧れ、痩せることを極めようとする少女だった。
が、当時は今よりも痩せすぎがよしとされかったため、問答無用に病気と見なされ、病院に投げ込まれてしまう。
そこで太らされて退院してもなお、気持ちは変わらず、再び痩せてはまた入院。
それを繰り返すうち、禁断ともされるチューブ吐きをはじめ、ありとあらゆる痩せる方法を覚え、痩せることで精神の均衡をギリギリで保ってきた。
しかし、20代の半ばから痩せることができなくなった。
最初はスランプだと思おうとしたが、カロリー収支の計算ではそこまで太るはずがないのに、肥満がどんどん進行していく。
それこそ、雪だるま式に体重が増え、手も足も出ない状態に。
病院に相談しても、医者までもが首をひねるありさまで、結局、代謝がおかしくなったのではという見立てとなった。
絶望した彼女は三度にわたって、自殺を企てたものの、それも失敗に終わり、痩せること以外の生きる道を探るしかなくなった。
ちなみに、彼女は中林美緒の2歳年下。
痩身美の魅力を高め、海外にまで広めて、日本を痩せ大国にした、あの「ツイッギーを超えた女」だ。
女主人がかつてダイエットを始めたきっかけも、小学生の頃から中林のファンだったことだったりする。
せめて、体型だけでも近づきたい、そして、得意なデザインで一緒に仕事をしてみたい――。
というのが、彼女のもともとの夢だった。
それゆえ、ひとつめの夢に破れたなか、ふたつめの夢が生きる希望となる。
デザイナーとしての腕を磨き、世界的コスプレイヤーである中林の衣裳をデザインする――。
彼女は業界で頭角をあらわし、有望な存在となっていった。
ところが、中林は32歳でコスプレ活動を引退。
彼女は三たび、人生の迷子となる。
そんななか、救いとなったのが、痩せることに恋い焦がれ、入退院を繰り返した過程で得た知識と実感だ。
痩せる方法だけでなく、痩せ願望の仕組みについても死にもの狂いで調べた彼女は、自分も含め、こうなるにはこうなるだけの事情があることを学んだ。
たとえば、複雑な幼少期による挫折や葛藤。
そこからもたらされた根深い生きづらさを死に近づくことで紛らわそうとする捨て身の願望。
ひたすら痩せることにしか意味を見いだせない人たちには、そんな事情が潜んでいるのだと。
それなら、昔の自分みたいな子を応援しよう。
せっかく、デザイナーとしてそれなりに評価されるところまで来たのだから。
そんな思いが「クレイジーS」の原点となり、現在に至っている。
そういう過去をかいつまみながら、女主人は語った。
最初のうちは、こんな頼りなげな、さっきは泣いたばかりの女の子にこういう話をしていいのか、迷う気持ちもよぎったが――。
この子、すごく純粋な目をしてる。
そして、ひたむきに集中して、耳を傾けてくれている。
この子になら、こういう話をしてもきっと大丈夫だわ。
ほとんど口を挟むことなく、そよ風のようなあいづちを打つだけで、そんな姿勢も話しやすさにつながっていた。
ひと区切りつく頃には、女主人のほうが感謝の気持ちであふれそうになっている。
「ごめんなさいね。初対面なのに、こんな自分語りにつきあわせてしまって」
苦笑しながら謝ると、
「い、いえ、いえ、とんでもないです。こんな私なんかに、すごく大切なお話をしてくれて、あ、していただいて、感激しかないです、ホントに」
話を聞いていたときとは一転して、あわて気味の口調になるあたりはやはり高校生だ。
女主人はふいに愛おしくなり、ちょっと年長者らしいことをしてみたくなった。
「ありがとう。勝手な身の上話につきあってもらったついでに、質問をしてもよろしいかしら」
※つづきます※