何処までもやせたくて(92)妹の心変わり

「カウンセリングって、どんなこと話すの?」

目の前にEクンがいるのが、なんだか不思議。
午前中、相川さんのいるクリニックで初めてのカウンセリングを受け、それだけでも緊張したのに、午後にはこうして、昔の片想い相手と一対一で会ってるなんて。

「うーん、なんていうか、悩みごとを聞いてもらうだけなんだけど。
でも、相手はプロだから、話しやすいんだよね」

じつは、相川さんも一緒にいてくれたせいか、話すことでかなり気持ちがすっきりして、ビックリした。
でも、なるべく平静を装わないと。
表向き、私は前からクリニックに通ってることにしてあるから、そのあたりを悟られてはいけない。

それにしても、Eクン、なぜ急に会いたいって言い出したんだろう。
メールでのやりとりは、ちょくちょくしてるけど、顔を合わせるのは、あの暴風雨の日以来。
かなり太ってしまったし、浮腫みも気になるから、ちょっと怖かったものの、会って話したいことがある、ということで、勇気を出してみた。

あの日は私の心や体も暴風雨で、自分が楽になることで必死だったけど、今日は天気も回復したみたいで、私とEクンのあいだの景色が見える。
そのぶん、なんだかてれくさくて、心臓がドキドキするのは、やせてるせいじゃなくて、自分の気持ちのせいだ。

「あの……話したいことって、何?」

カウンセリングの話がひと区切りになったところで、思い切って切り出すと、Eクンはコーヒーをひと口飲んで、
「恵梨ちゃんに、ふられちゃったよ」
悲しいようにも、困ったようにも見える表情になり、
「前の日まで、普通にやりとりしてたんだけどね。
クリスマス、どうしようかって話をしたり。
それが突然、おつきあいをやめさせてほしい、っていうメールが来て、電話したら、自分の家はもともと、高校卒業まで男女交際禁止だし、大学受験も心配だし、とか言い出して。
僕が鈍いだけかもしれないけど、嫌われるような理由は浮かばないし、なんとなく、口調が何か隠してる気もしたんだよね。
……もしかして、何か心あたり、ないかな?」

「ううん、全然」

心当たりなんて、まったくない。
妹がEクンに夢中なのは間違いなくて、私を利用してまで、親の目をくらまそうとしたくらいだし、大学受験だって、まだ一年以上も先の話だ。

「そっか。
あ、それと、ちょっと気になるのがね。
私と別れても、お姉ちゃんのこと、ちゃんとサポートしてあげて、って、何度も言ってたことなんだけど。
それもあって、心当たり、聞いてみたんだ」

何だろう、それ?
私もよくわからない。
でもたしかに、Eクンが妹と別れたら、私は「恋人の姉」ではなくなって、ただの「元・同級生」に戻っちゃうんだ。
そしたら、メールをもらったり、こうして会ったりすることもできなくなるのかな。

「もちろん、恵梨ちゃんに言われなくても、そうするつもりだけどさ。
……あれ、僕の話、聞いてる?」
「……え、う、うん、聞いてるよ。
恵梨が変なこと言ってたって、話だよね?」

「いや、変なことってわけでもなくて……
とにかく、恵梨ちゃんとのつきあいがどうなろうと、何か役に立てればいいな、って、そういう話なんだけど」

さっきの悲しさと困惑が入り混じった表情ではなく、真剣で優しい目を見て、新しい感情がこみあげてきた。

やばいな、私、今、笑顔になってる。
Eクンが妹と別れることになりそうで、しかも、私とは変わらずやりとりしてくれるつもりでいることを、明らかに喜んでるんだ。

「ごめん、すごくありがたいんだけど」

恵梨と別れるなら、私も関わりづらいよ、という言葉が口から出かけるのを、ギリギリで呑みこむ。
Eクンの存在、こんなことで失いたくないから。

「ううん、ありがとう。
とりあえず、恵梨に聞いてみるね。
私になら、何か話してくれるかもしれないし」

別れ際、どうしても聞きたかったことを聞いてみた。

「前に会ったときと、私、変わったかな。
じつは……あれからすごく太っちゃって」

Eクンは、一瞬、戸惑ったみたいだけど、
「そんなことないよ。
今だって細い、というか、細すぎると思うし」

細すぎる、って言葉が心地いい。
でも、一瞬戸惑ったのは、やっぱり太ったことに気づいたからだよね。

クリニックでは、院長先生から、
「やっぱり、ちゃんと生活するには40キロは必要ですよ。
まずは、35キロにしないとね」
と言われたけど、35キロなんてとんでもない。

今朝は33.2キロで、こんなに元気だし、これ以上は増えないようにしておいて、ひとり暮らしに戻ったら、もうちょっと落とそう。

それにしても、恵梨はなぜ、こんなにいい人と別れたくなったのかな……


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