秋日和彼女にちょっとした秘密
今日は2カ月ぶりの眼科行き、朝 かなり冷え込んだけど出かけてみると 真っ青な秋の空、風は昨日より冷たくなっている。が、サンサンと降り注ぐ太陽の光の中で 色づきはじめた木の葉が舞う光景は やはり美しい。
今年はもう10月も末なのに、紫外線はまだ強く出かける時は 日傘が手離せない。
2カ月ぶりの眼科で「きれいな状態が続いていますので、今度は3か月あけましょう」と 先生
「3か月 先だと、来年の1月ですねえ」と 私
「そうなりますねえ…!」と 言いながら
机に向いていた白髪の頭が ゆっくりとこちらを向いた
「じゃあ、先生にご挨拶しとかなきゃ~!」
私は 丁寧に頭を下げた
「お世話になりました。ちょっと、早いですけど、来年もよろしくお願いします。良いお年を!」
先生のニコニコ顔を 後にして薬局へ!
目薬をもらって 思い付いた。
せっかく 早く終わったのだから、 足を延ばして「ゲスト・ルーム」へ 行ってみよう!
「ゲスト・ルーム」は 丁度##ちゃんと私の家の真ん中にあったので、出会う時には いつも使う喫茶店兼お食事処。
##ちゃんとは 高校時代「音楽クラブ」で一緒だった。
私たち家族が 大阪転勤になり千葉から移り住んだ近くに、彼女の家があったのだ。同窓会で住所録を見た友人が
「あんたら 近くに住んでるやん!」と言われた時からの お付き合い。
だから 会うと、話はドンドン広がるし 進むし 深~い話も出来る。 よって、二人の滞在時間は長~くなる。けれど、マスターとママはいつも 快く一番奥のテーブルをキープしておいてくれるのだ。
滞在時間はいつも4時間くらい、
マスターの松花堂弁当は 味も栄養のバランスも満点、それに安い!
だから、私たちは コーヒーやパフェやアイスクリーム等を 注文する。
時々、ママとマスターのおやつを差し入れすると、必ず1品サービスが付いてくる。
だから、##ちゃんとのデートは 必ず「ゲスト・ルーム」なのだ。
<けど、今日 やってはるかなあ…?>
休日を ママから聞いていたけど、何曜日だったっけ? と、いうことで 私は 携帯を取り出していた。
てっきり ママの声だと 思っていたのに、男の声がして
「え!?マスターですか?」と、聞いていた。
客商売なのに、マスターは 口下手!
でも、少ない言葉の中に必ずマスターの誠意が覗く。
そこが「ゲスト・ルーム」のロング ランの秘訣があった。
「今日、やったはりますか?」と聞く私に
「今日は 休みです」と、マスター
「いや~、残念! この前 休みの曜日、ママから聞いてたのに… 火曜日が 休みやったんですかあ…? 今 ピーコックの近くの眼科に来たんですけど 早く終わったんで、そちらまで足を延ばそうと思ってたんですけど、残念!」 すると
「いやいや、こちらがそっちへ 行きましょか?」思わぬマスターの言葉に
「え? こっちにですかあ? いや~、ラッキー!こっちまで出て来れるんですかあ?」「はい!」ということで、マスターと私の出会いやすい信号待ちを選んだ。
風は秋を連れて舞っている。けれど、太陽の光はまだまだ強かった。
日傘をさして待っていると、日傘を持って行かれそうになりながら、私は色んなことを 聞き忘れている自分に気づく。
「自転車なのか、歩いて来られるのか?私は黄色いリュックを背負っているとか、日傘をさしているとか…」
そうこうしていると、木の葉が舞う街路樹のむこうから紺色の帽子を被った初老のマスクの人が手を振った。
ああ、マスターだ! 私も手を振り返す。
丁度信号は「青」だった。
「ご無沙汰してます!」
わたしは 日傘を飛ばされないようにしながら言った。
マスターは帽子をずらしながら、笑って「いえいえ…」と 答える。
「時間あります? 近くの方がいいですよね!ママは?」
「買い物に行ってます」
「じゃ~、お昼は?」
「朝抜きで、医者の帰りなんで…」
「それは それは…」歩き始めながら「じゃあ、この近くで いいですかあ?」と返事を待たずして ススキや萩の花の遊歩道を案内していた。
ようやく落ち着いたゆったりできる店に入って一息つき、改めて
「私って、ラッキー! ##ちゃん、きっと 羨ましがると思うわ!」と、言っていた。
ランチを注文して、私は つくづくとした気持ちで聞いていた
「もう、マスターとは 何年になります?」
「そうですねえ、20年には なります… かあ」
「そうですよね!油絵の個展を3回もさせてもらったんですもんねえ」
マスターは うんうん頷いて懐かしそうに笑っている。
「それで、心臓の方はいかがです?」
「まあまあです。10年前に一回救急車で運ばれて、手術したんですが、 この前 2回目 救急車で…」
「ええ? 最近ですか~?」
マスターは 首を縦にふりながら
「つい、この間です~」
「ええ~? 知らんかった!」ちょっと間をおいて
「##ちゃんとしばらく、お邪魔しなかった間ですかあ?」
マスターは 又、ふんふんと首を振った。そして、ゆっくりと
「私の家系は 女が長生きで男は短命なんですわ。おふくろは103歳までいきたんですけど…」
「へ~、103歳まで?それは長生きですねえ」
「けど、おやじは76歳で逝きました」
「いや~、そうやったんですかあ。 ところで、マスターは今何才です?」「今、私がその年ですわ」マスターがさびしそうに答える。
「それで、どう…?」と動転する私
「いや、10年前は足の付け根の動脈から カテーテルをいれて、ステントっていうんですか? あれを入れましたが、今度は 腕からステントを入れて…その時、2週間ほど休みしたんで…」
「そうやったんですかあ、大変やったんですねえ。ちっとも知らんと…」
そういえば、マスターがずいぶん老けてみえた。
マスターも最初は絵を志していた。と、聞く。
ママは 今は白髪になっているけど、きっと 可愛い人だったに違いない。
絵を断念して、このビルの半地下に「ゲスト・ルーム」を構えて何十年。
ビルは古くなって たたむお店も増えた中、「ゲスト・ルーム」だけは生き残っている。それは ひとえにマスターとママの二人三脚での頑張りの成果だと 私も##ちゃんも思っているし、応援している。
長い間のお付き合い!
##ちゃんも私も マスターとママの大ファン!
だから、今日 偶然にしてマスターとランチをしたことを知ったら、きっと
##ちゃんは 羨ましがるだろうなあ!と思った。
けれど、マスターは 小さな声で言う
「誰にも…」
その言い方が いかにも心細い声だったので、私は
「そうですよね! ##ちゃんにも言わずにおきますね」と、言っていた。
二人でサンドウィッチの定食を食べ終えて、コーヒーを飲んだ後私は思わず
「マスターのコーヒーの方が よっぽど美味しいわ!」と、言っていた。
それから、二人は店を出て、遊歩道を歩いて出会った信号のところに戻って来た。
「今日は思いもかけないラッキーな日になり、ありがとうございました」
マスターは マスクの中から
「一度は こういうことがしたかったん…」語尾が消えた。 私は首をうんうんして
「どちらから帰るられます?」と、聞いていた。
マスターは 来た道ではなく、小高い丘の道を指して
「私は こちらから、帰ります」と言い、紺色の使いこんだ帽子を持ちあげ
「じゃあ」といった。私も
「じゃあ、又 ##ちゃんとお邪魔しますね」と言って手を振った。
秋風の中に 一抹のさみしさが舞う。
信号を見ると私の渡る信号は「赤」だった。
「青」になるまでマスターの後ろ姿を見つめた。
マスターは 一度も振り返らなかった。
マスターが歩を進めるたびに 身体もゆるりゆるりと左右に揺れる。
身体が揺れると 薬の入ったこげ茶色のビニール袋も揺れる
小高い丘を そんなゆっくりした足取りで 帰っていくマスターの後ろ姿を見つめながら、私は信号の「青」から「赤」を何回も見過ごしていた。