昔むか~し、あるところに

それはそれは きれいな声で鳴く鳥が おったそうな。

その鳴き声を 一度でも聴いた者は そのなんとも言えない鳴き声に   うっとりし、もう一度聴きたくなり、その鳥を探し求めるそうじゃ と。

そんな噂を聞いたある若き男子(おのこ)が「我もその鳴き声を 一度でもいいから聴いてみとうなった」そうじゃ。「それには、どうすればいいかのう」 そう思いながらもどんどん日は過ぎていく。

あたたかな春のある日、野辺に出かけたおのこは、偶然、遠くで歌うような美しい声を聴き「もしや?」と思いながら その声の方へ足を運んでいくと一人の美しい女子(めのこ)が 菜の花畑の中で歌っておったそうな。  おのこは気づかれまいとしながら、その歌声にうっとり聴き惚れ 暫くの間夢の中にいるような気分でおったのじゃが、フとした 絹衣ずれの音におどろいためのこは 真っ白な絹衣をふわりと翻すように去って行ってしもうたそうじゃ。 若きおのこは たちまち、その光景に心を奪われてしもうたんじゃ と。

それ以来、寝ても覚めても 美しいめのことその美しい声を思い出し「もう一度 聴きたい」と 何度も 菜の花畑に出かけたのじゃが、美しいめのこを 見ることはなかったそうな。

巡り合えないまま、

菜の花は枯れ 若草が生い茂り夏が来て、 その若草が黄色くなり秋が訪れ木枯らしが雪を運んで冬が来る。そしてまた 菜の花畑が 満開の菜の花で埋め尽くされて何回かの春のこと、若きおのこは もう立派な位人になっておったのじゃ。そして 菜の花畑のめのこのことは 記憶の扉の中に入ってしもうたようじゃった。

そうしたある日、偶然にも昔 聞いていた噂のうつくしい声で鳴く鳥に出会ったと。 その声を聴いたおのこは たちまち心を奪われた日を思いだし、その鳥を捕まえて我がものにしたいと 思うようになったそうじゃ。   おのこは あらゆる手だてで、捕まえようとしたが その度に逃げられてしまう。 おのこは 考えおった。「捕まえようとするから 逃げるのだ。それならば、思い切って楽器を奏で 美しい声で歌わせればよいのじゃな」

思いついたおのこは、さっそく 雅楽をかなでさせ、舞をまわせながら 鳥が舞い降りてくるのを待ったそうな。                 しばらくすると、思った通りのことがおこった。            春の野辺に 雅楽の優雅な調べが流れ始め、ゆったりとした舞が始まると、それに合わせるように 美しい鳥が舞い降り 透き通るような声で歌いはじめおったんじゃ。 それはそれは 極楽浄土の風景のようで、誰もが天にも昇る心地であったそうな。

そうして、おのこは とうとうその鳥を手に入れた。          ところが、手に入れた鳥は 歌をうたわなかった。           いや、歌えなかったのじゃ。                     なぜ 歌えなかったのか、そのわけを 知らずに、おのこはがっかりした。「なんで 歌わなくなった? 美しい声で歌わない鳥など用はない!」と、手に入れた鳥を 手放してしもうたのじゃ。

その夜、おのこは夢を見たんじゃと。                 手放したはずの美しい鳥があらわれて、言うことには         「私は 菜の花畑でお会いした めのこでがざいます。以前 私は蝶の妖精でした。あなた様にお会いして、あの時 驚いて姿を消してしまいましたが私も ずっとあなた様が忘れられず思い続けておりました。       時が経ち、私は蝶でいることが出来なくなり、如来様に懇願し、若きあなた様の焦がれるものとして美しい声で鳴く鳥にかえられました。      けれど、如来様が 申されるには「転生によって生まれ変わるには、そなたの美しい声を失うことになるが、良いか?」              美しい声で鳴けぬのなら、あなた様の目に留まらない。『私はどうしても 美しい声が必要なのでございます。如来様、せめて三度だけでも歌うことをお許しくださいまし。この広い世で あのお方に出会えるまで、、』と 懇願いたしました。『それでは 三度までは許そう。それ以後 声を失うことになるが、それでもよいか?』                    あなた様に お目にかかれるのなら、、、それでも ええ。と 承諾いたしました。   そして、あなた様に もう一度 お会いできたのです。

転生で歌える一回目の歌では あなた様が どこにおられるかわからず、 二回目で、やっと気づいてもらえました。    そして、三回目。   長閑な春の野辺で、雅楽にあわせ 歌がうたえるなんて、天にも昇る心地でございました。 あの歌声が、如来様とお約束した最後の歌声だったのでごだいます。私の夢をかなえてくださいました如来様とあなた様に御礼申し上げます。ただ一つ、どうしようもないことに 気づいてしまったのでございます。

それは、あれだけ 笛や太鼓で呼び寄せておいて、手に入れた鳥が歌えなくなってしまうと すぐに手放してしまわれる。と、言うことでございます。私が 蝶であったとしても、もし蝶々の美しい羽根が 一枚もげてしまうようになったれば、あなた様は 手をお放しになるのでしょうか?     人とは そういう「業」を持つ生きものなのでしょうか。        如来様は 私にそれを気づかせる為に、私の一番大切なものをお取りになって、転生をお許しになったのでしょう。そうであれば、 それさえも、私にとっては幸せなことでございます。                  人の涙は流れ出るのに、鳥や蝶の涙は 流れない。でも、、、      今度は『人』として生まれ代わるような気がいたします」と、言い終わると、  一瞬、  間があいた。 と、思う、、。 と、

ゆっくりした口調の老婆の声で「今日の涙は もう 使うて しもうた。 泣くのは 明日に しよう」 と、言うて 消えた そうじゃ。

                           おしまい 




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