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エアー・スマホ(3)

 家までタクシーで10分、彼女は仏壇の前に置かれた花かごを見て
「こんな小さなお花ですが…」と 遠慮がちに差し出されたのは ピンクや赤いお花がモダンに四角い箱に盛り付けられているアレンジメントだった。
「いや~、可愛いお花! 買ってきてくれたん?」という私に
「このお花の真ん中に…」と小さなお声で、大きなアレンジメントの花籠 二つの間を指さした。
「そう、この真ん中に 丁度いいね、ありがとうね!」
日が経っている大きなアレンジメントのお花はやはり色が褪せて来ていた。
その中で、濃い色合いの小さなアレンジメントを置くとその場が引き締まる
彼女はお線香をあげ、丁寧に手をあわせてくれた。

 それから、いっとき色んな話をした。
仏壇に置かれた2枚の写真、一枚はもう付き合いが途切れていたT子ちゃんが娘をモデルにしてくれていた頃撮った「桜を見上げる娘」の写真が仏壇の 真ん中に遺影として置かれている。そして、もう一枚の写真は彼女が私の「寒中見舞い」の返事に同送してくれた写真なのだ。

 彼女が[note]にも書いてくれていたように、「ある年のお正月明けに二人で双見ガ浦へ遊びにいった時の写真だ」という。
その時、正月明けということもあって列車がガラガラだった。乗り込んだ 二人はあまりにも空いていたので驚いたという。そのとき、娘が ぽつりと「なんだか、銀河鉄道みたいね!」と言ったそうだ。で、「その時の写真がこれなんです」と彼女は書いてくれていた。
確かに、列車の中の窓を背景に黒いオーバーに毛糸の帽子をかぶった娘が 何かを手にして少しはにかんだような顔をして写っている。まさに、銀河鉄道そのものだった。


 彼女が[note]に書いてくれた 娘が最後に彼女に会いに行った「夢」の中で、やはり娘はまさに発車しようとする汽車に一人で乗っていたという。
 私は娘を亡くしたことで、いろんな夢と現実を結ぶ不思議な体験をしているが、彼女の夢もその一つだった。


 私は娘が意識が亡くなりかけていても エアー・スマホでメールを打っていたのは彼女宛てではなかったのか?と、思っていた。が、彼女は私の言葉にかぶりを振った。
「私でないのでは…? 以前『忘れられない人がいる』と言っていた人だとおもいます」
彼女はうつむいたまま静に言った。

 私の頭の中で一瞬、電光が走った。そして、苦いドロリとしたものが小さな傷口からゆっくりと流れ出るかのような感覚に襲われそうになった。
「あの、ドンファン目!」私は頭の中で悪態をついていた。
最後まで娘の心にへばりついていたのか~!
私は 彼女に気づかれないように、
「結局、結婚できたとしても又浮気で 幸せにはなれなかったと思うよ」
という言葉で自分を納得させていた。

そして、気分を変えるように彼女を二階の娘の部屋に案内した。

 彼女は小さな声にならない声と吐息で娘の部屋に足を踏みいれた。   そして、この部屋に在りし日の娘を手繰り寄せるように無言でゆっくり見回した。

 それから、私は物置になっている夫の書斎にある古ぼけた しかしまだ 頑丈な本箱の戸を開けた。
「好きな本を好きなだけ外に出しておいてくれたら、後で宅急便で送るからゆっくり見てね」と 言いおいて私は二階を降りた。

                     エアー・スマホ(4)に続く

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