20代前半の自分に説教してみた
「おい、お前」
阪急三宮駅の高架下の立ち飲み屋の隅っこで、一人でキリンビールの中瓶を手酌でコップに注いでをちびちび飲んでる若い奴に声をかけた。
見た目は二十代前半といったところか。首がヨレヨレになった七分袖のボーダーのTシャツを着て、どう見てもパチモンのクロックス型のサンダルを履いている。顎には似合わない無精髭を蓄えている。
普段はそんなこと全くしないのに、なぜか見覚えのある後ろ姿に思わず声をかけてしまった。
「あ、すいません」
と言って若い奴が振り向いた。
息を呑んだ。
間違いない。13年前、22歳を迎えたばかりの自分だ。
この瞬間、この13年間のことが走馬灯のようにフラッシュバックしてきた。
「ちょっと、隣座ってええか?」
一瞬、戸惑った表情を見せたものの、黙って頷いてくれた。
「オマエに聞いて欲しいことがあるんや」
グラスに残った日本酒を一気に飲み干して、私は話し始めた。
「今、毎日のように自分の才能のなさに苦しんでるやろ?今すぐ上手くならなアカンとか、周りの人たちは大学卒業してちゃんとしてるのに、自分は・・・とか、そんなことばっかり考えて、たまに死にたいって思ってることもあるんとちゃう?」
若い自分は、驚いたような、でもどこか納得したような顔をしている。
「実はな、私はオマエの10年後なんよ。せやから、言えるってこともあるんよ。ちょっと付き合ってくれへんか?」
カウンター越しに店主に目配せして、もう一杯注文する。
「新政 No6 S-type」
若い自分の前のグラスも空になりかけている。
「オマエは何飲むんや?ビールか?」
若い自分は目を泳がせる。
「はは、心配すんなって。奢るって」
そう聞いて安心した顔をしている。
「まずな、お前にいちばん言いたいことがあるんや」
◾️ 絵だけはずっと描き続けとけ
「今すぐ上手くならないと駄目」
「周りの人たちはみんな活躍してるのに自分は・・・」
20代前半の時めっちゃ思ってたよなあ。
今思うと何を言うとんねん!って感じやけど、当時のオマエからすると本気やったな。
そんな、20代前半のオマエに伝えたいことなんやけど、絵を描くことに関して言えば、すぐに結果を出さないといけないと思うようなものでもないで、と言うことや。
焦らんでもいい。
でも、一つだけ伝えるなら「とにかく描き続けろ」
これは言うときたい。
描きたいものや表現したいと思うものが無くても描いた方がいいし、誰かに見せる予定がなくても描いた方がいいし、別に作品を作らなくてもいいんよ。
電車の中でスケッチしてもいいし、目の前のものをデッサンするとかでもいいし、適当な落書きでもいい。
なんでもいいから描き続けるのが大事やと思う。
もちろん、作品を完成させて人に見てもらう方が早く上手くなれるのは確かだけど、そうじゃなくても描いてたらちゃんと上手くなれるのは間違い無いよ。
でも、それが出来ない自分に価値がないとかとか、完成させるの難しいとかで筆を折る必要なんてないよ。お絵描き楽しいやろ。
絵の成長は本当に人によってペースが違っていて、グワーっと一段飛ばしで進んでいく人もいればジワジワ成長していく人もおるんよ。
どちらが正しいとかじゃなくて、その人なりの成長の仕方があるんよ。
スポーツみたいに成長の限界があるわけでもないし。
私も20代の頃は特に誰かに絵を見せることもなく細々と描き続けてたけど、30歳にして思いがけずイラストのお仕事ができるようになったよ。
なので、そんな気張らなくてもいいから描き続けなー。
とにかくなんでも描いてたから、気づいたらそんなに描けなくて悩むってこともなくなるよ。どっちにしたって悩むけど、まだ人生長いしゆっくりやってけばいいと思うよ。
だから、とにかく細々とでも描き続けたらいいよ。
あ、でも描きたくない、ってなったら無理してまで描かんでいいよ。
描かんくなってもその気になればいつでもリカバリーできるし。
描きたいタイミングで描けばいいよ。
◾️ 絵を描かへん仕事もしといた方がええで
「絵を描く仕事以外できない」
「絵を描けなくなったら死んでもいい」
これも思ってたよなー。
今見るとめちゃくちゃイタイんやけど、ホンマに思ってたんよなあ・・・。恥ずかしい・・・。
まあ、絵描くこと以外得意なタイプじゃないので、言い分は間違ってはいないない。でも、絵だけ描いてて絵を描く仕事に就くのは容易なことじゃないよ。たまたま絵を描く仕事ができても、なんやかんや不平不満を言うてまうと思う。
なぜなら、そこにお客さんの視点がないからね。
一個前の、上手い絵がどうの、とか、周りの人がどうのって、結局自分の視点でしかないのよ。
世の中って自分だけの視点じゃ回らんから、どうやっても相手の視点に立って考える必要はあるんよ。
そういう自分の視点だけで物事を考えていると、実際に仕事を始めた時にすごく苦労することになると思う。
オマエは、今は日本酒のマンかもしれんけど、もう少ししたら日本酒を売る仕事を始めるんよ。
そん時にお客さんが「辛口の酒が欲しい」って言ってきたのに対して「そもそも日本酒は甘くて、辛口の定義は人それぞれで」なんて返しても意味ないからな。
大事なのはお客さんのニーズを聞き出して、それに応じた「辛口」の日本酒を提供することやから。間違っても「辛口とは比重の話で・・・」とか言ったらアカンで。
まあ、それ言ってお客さんと言い争いになったんやけどな。
いずれにせよ、絵の仕事するにしても他の仕事をするにしてもお客さんが何が欲しいんかって言うのは、ちゃんと意識しといた方がいいと思う。
アーティストやったら知らんけど、少なくともイラストレーターはクライアントの望むものを提供する仕事やからな。
明るいイラストが必要って言われたら、「明るいイラストとはなんぞや」を議論するんじゃなくて、なんで明るいイラストが必要なのか、そのイラストを使って何を達成したいのかと言うことを聞き出して、それに応じたイラストを描くのが仕事やで。
まあ、ちゃんと提供できるか不安とか思うことあると思うけど、ちゃんとクライアントの話聞いてこう言うのどうですかっていう提案して、ちゃんとコミュニケーション取れてたら大丈夫や。心配せんでええよ。
絵描いてると絵だけが特別やと勘違いしてしまいがちやけど、絵も単なる技術にすぎんからな。
その技術を使って、他の人にいかに価値を与えられるのかを考えることのほうがよっぽど重要やで。
◾️少なくてもいいから自分の力でお金稼げ
「お金稼げなくても絵だけ描けたら幸せ」
「真の絵描きはお金にこだわらん」
そう思ってるよな。
でも、お金を稼ぐんって、単純に生活のためだけじゃないんよ。
自分の価値を客観視できるし、なにより社会とどう関わってるんかを学べるから大事なんや。
そもそもお金がなかったら絵も描けへんで。画材も買えんし。
まあ、オマエは就職はおろか、バイトの面接を受けても全然受からへんし、お金を稼ぐということに対してめっちゃ億劫になってるかもしれん。
まあ、でもなんでもいいからお金は稼ぎな。
今はお金稼ぐのが怖いかもしれへん。
「自分なんかにお金を払ってもらえる価値があるんかな」って不安になると思う。
でも、そんなん誰でも最初はそうや。
私も道端で似顔絵描いてる時は、こんな似顔絵でお金もろてええんかなってずっとなんか申し訳ない気持ちになってた。
でも、なんでお金を稼げって言うてるんかと言うとな、
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