ろうそくの妖精 芯をさけるくん【短編小説】
店主のイマジナリーフレンドの不思議な妖精のお話
助けてよ、誰か
そう言っても、暗い空間に
ただただ言葉が溶けていくだけ
そばでずっと見守っていた
誰よりも一番の存在を
早く思い出してほしかったのに
思い出してくれないなら
もう勝手に連れてきちゃうよ
こっちの世界に
Ⅰ
ろうそく屋の作業場には
たくさんのキャンドルが並び
その一つ一つに宿っていると言われている
「ろうそくの妖精」
彼らはみんな白くて
頭の上に青い炎を灯しています。
もともとは店主のイマジナリーフレンドとして
店主の心の中で生まれ
彼にしか見えなかったこの子たちが
みんなの前に現れたのは
ハロウィンが近くなったころでした。
人間界からの注文で
オバケやドクロのキャンドルをたくさん作っていた店主は
「そうだ、こいつらも作ってやろう」
と、大きな声で独り言を言って
体を少しくねらせたような
不思議なオバケを作り始めました。
Ⅱ
キャンドルには火を灯す芯があって
その芯に火をつけると
たちまち溶けてなくなってしまいます。
自分たちを溶かしてしまう「芯を避ける」ように
体をくねらせた
変わったポーズをとる彼らの事を
店主は「芯をさけるくん」と名付けました。
このろうそくの妖精は
店主にしか見えず
店主にしか伝わらない言葉で語りかけてくる
不思議な生き物。
幼少の頃は店主の一番の友達でした。
一人遊びの多かった店主に
この白い妖精はちょっかいを出して
何度も捕まえようと
捕獲を試みる店主の指の間から
スッとすり抜けて遊ぶのでした。
幼い店主はそんな友達のことを
「まっしろオバケさん」と呼んで
星空を見に行った時は
お気に入りの1匹を
そっと肩に乗せて
寂しくないよと語りかけました。
Ⅲ
そんな店主が大人になって
どのくらい経ったでしょう。
いつしか
まっしろオバケさんはどこかに消えてしまっていました。
いつの間にか、まっしろオバケさんの存在も忘れてしまい
おばあちゃんの形見の綺麗なキャンドルだけが
部屋の片隅に残されていました。
嫌な事があった時は
なぜかそのキャンドルが恋しくなり
手に取って眺めます。
すると何故か、とても懐かしいような
どこか安心したような気持ちになるのです。
だけど…何かが欠けているような気がする。
店主はそれを思い出そうとするけれど
おばあちゃんの事や
たくさんのろうそくに囲まれて過ごした日々だけが頭の中によみがえり
大切な何かが思い出せませんでした。
もう、下の方まで燃え尽きて
火を灯せなくなった美しい色合いのキャンドルを
大事に両手で包み
いつもいつも同じことを考えていると
魔法にかかったように眠りについていて
翌朝にはなぜか
落ち込んだ気分がすっきりとしているのでした。
大人になった店主には見えていませんでしたが
まっしろオバケさんは今もおばあちゃんの形見のろうそくから顔を出して
ちょろちょろと彼の周りを動き回っていたのです。
Ⅳ
そうして、ろうそくの妖精は
こっそりと人間関係で悩み続ける彼を支えていたのでした。
ある時。
彼が「もう、ダメだ」と思った時。
いつも見ていたあのろうそくから
小さな白いものがそっと顔を出して、語りかけました。
もう、終わりにしよう
それを聞いた彼の目からは生気がなくなり
一点を見つめたまま
ゆっくりと部屋を出て
そのままふらふらと向かった先は
昔、祖母と暮らした懐かしい山小屋でした。
その肩には
不敵な笑みを浮かべたまっしろオバケさんが
こっそりと乗っていたのでした。
「おかえり」
end
こうして、店主はこちらの世界にやってきました。
どうして山小屋に来たのか
店主はよくわかっていないようですが、
おばあちゃんやこちらの世界の秘密に触れて
新しい生き方を始めたようです。
お気に入りのあの子は
いつも店主の周りにいるようで
今も仲良くやっています。
店主が1人でしゃべっていたのなら
それはまっしろオバケさんとの楽しい会話なのかもしれません。