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社会とつながる

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僕は学者でもコメンテーターでもないけれど、社会の中で生きるひとりだ。 それなら僕も、社会について思いを馳せることが必要だと思う。
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#メメントモリ

日本人は人権を知らない

アメリカの人種差別に反対するデモがすごいことになっている。 こうした状況に言及して「日本では差別というのは身近ではないかもしれないが……」というような発言をいくつか目にして、僕がふと思い出したのは「人権標語」のことだった。 日本全国のさまざまな自治体で「人権標語」を公募して、受賞作を看板にして街頭に立てたりしている。特に田舎で多いような気がする。名目は「人々の人権意識を啓発しよう」。 ところがこの「人権標語」の受賞作を眺めてみると、日本の社会に「差別から必死で目を背けようと

体力が、ない。

生まれてから今まで、体が丈夫だったことは一度もないけれど、それにしてもここ数年で体力がなくなったと思う。 まだ加齢のせいにするには少し早いと思うので、ストレスと運動不足、あともしかしたら、引っ越してきたこちらの気候が合わないのかもしれない。 体力が人並み以下になってみて改めて、世の中は体力がある人を基準に作られているなぁ、と実感する。 長時間労働が当たり前の社会。効率よりもやる気を見せることが評価される社会。体力がない僕には、それは無理だ。 そもそもが集中力に癖があっ

僕が50歳で死ぬとしたら。

近ごろよく、自分が50歳で死ぬことを考える。 希死念慮でも悲観でもなくて、僕の体の弱さとこれまでの人生の密度の濃さを考えると、それくらいが妥当だと思うのだ。 そしてそう考えたところで、それが不幸だとも悲しいとも思わない。これから「おそらく50歳で死ぬ。」と考えて生きたら、むしろいい選択ができるかもしれないとさえ思う。 長く生きればいいってもんじゃないよね。まだ少しやり残したことはある気がするけど、あと15年は長い。15年を「やり残したことをなくすように行動する」のに費やせ