マガジンのカバー画像

社会とつながる

52
僕は学者でもコメンテーターでもないけれど、社会の中で生きるひとりだ。 それなら僕も、社会について思いを馳せることが必要だと思う。
運営しているクリエイター

#SNS

日本人は人権を知らない

アメリカの人種差別に反対するデモがすごいことになっている。 こうした状況に言及して「日本では差別というのは身近ではないかもしれないが……」というような発言をいくつか目にして、僕がふと思い出したのは「人権標語」のことだった。 日本全国のさまざまな自治体で「人権標語」を公募して、受賞作を看板にして街頭に立てたりしている。特に田舎で多いような気がする。名目は「人々の人権意識を啓発しよう」。 ところがこの「人権標語」の受賞作を眺めてみると、日本の社会に「差別から必死で目を背けようと

SNSと承認欲求

「承認欲求を満たすためにSNS依存になるのは不健全」というのがたびたび話題になる。そのとおりだと思うけど、「ネットやSNSのせいで承認欲求中毒になる人がでてきた」というのは違うと思う。もともと日本では多くの人が承認欲求を「社会的地位」で満たしてきたんじゃないかな。 逆に言うと、社会的地位を得にくい女性や子どもには、承認欲求を満たす手段がほとんどなかった。田舎の集落でずっと専業主婦をしてきたおばあちゃんに会うと、びっくりするほど自己肯定感が低いことが多い。承認欲求を満たすこと

Twitterの「晒し」と私刑

架空のお店と大学の話でTLが盛り上がっているけど「リテラシーの問題だ」というのも「騙すやつ許すまじ」というのもどっちも本質からズレている気がする。 本質はTwitterにおける「晒し」と「義憤」の問題。 釣られた人は「義憤で知らない人を殴ろうとした人」で、詐欺の被害者と同列には語れない。 「リテラシーの問題」という人は、例えば実在のお店や大学を使って周到に真実のように見せかけた「釣り」には対応できないことになる。「騙すやつ許すまじ」はまぁ真実かもしれないけど、怒られるのを分