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社会とつながる

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僕は学者でもコメンテーターでもないけれど、社会の中で生きるひとりだ。 それなら僕も、社会について思いを馳せることが必要だと思う。
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2018年5月の記事一覧

中くらい。

ふと、思ったこと。 「大きいことはいいことだ」とは、僕はぜんぜん思わない。 昔から、大きくなることにはあんまり興味がなかったなぁ、と思う。 大きくなる、ってのはまぁ、いろんな意味でね。 「ビッグになる」とか言った方が、意味は伝わりやすいかな。 この、「ビッグになる」とかいう言葉は もはや死語になっている気がするように、 たぶん世間の風潮は、大きくなることばかりを目指すのは そろそろお終いだ、と思い始めているようにも感じる。 とはいえ、ビジネスの世界では、 まだまだそういう雰囲

根を下ろさない生き方

1983年生まれ、現在34歳の僕のこれまでの人生は、「安定」とは程遠い。 比喩でも大げさでもなく、いつも「3年後の自分が何をしているか、想像もできない生き方」をここ10年近く続けている。 大学を卒業してから12年間の僕の職業遍歴を、一通りさかのぼってみよう。 大学のとき、新入社員としてそこそこ大きなメーカーに就職したときは、「これで安定した生活が約束されたのだろう」と思ったし、同時にそのことに絶望もした。 「ああ、これで僕はもう40年先までの人生が、大方決まったのか」なん

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Twitterの「晒し」と私刑

架空のお店と大学の話でTLが盛り上がっているけど「リテラシーの問題だ」というのも「騙すやつ許すまじ」というのもどっちも本質からズレている気がする。 本質はTwitterにおける「晒し」と「義憤」の問題。 釣られた人は「義憤で知らない人を殴ろうとした人」で、詐欺の被害者と同列には語れない。 「リテラシーの問題」という人は、例えば実在のお店や大学を使って周到に真実のように見せかけた「釣り」には対応できないことになる。「騙すやつ許すまじ」はまぁ真実かもしれないけど、怒られるのを分

僕が50歳で死ぬとしたら。

近ごろよく、自分が50歳で死ぬことを考える。 希死念慮でも悲観でもなくて、僕の体の弱さとこれまでの人生の密度の濃さを考えると、それくらいが妥当だと思うのだ。 そしてそう考えたところで、それが不幸だとも悲しいとも思わない。これから「おそらく50歳で死ぬ。」と考えて生きたら、むしろいい選択ができるかもしれないとさえ思う。 長く生きればいいってもんじゃないよね。まだ少しやり残したことはある気がするけど、あと15年は長い。15年を「やり残したことをなくすように行動する」のに費やせ

恋愛・性別・関係性の多様性について

TRP(東京レインボープライド)が行われているので、タイムリーな話題を。 まず「LGBT」という言葉について。 この言葉がマスコミに取り上げられたおかげで、 「恋や性別の形に多様性がある」という認識が広まり、 これまでひそひそと語られていたそれらが「話題にしていいもの」になったという功績は大きい。 それは理解したうえでも、やっぱりこの言葉で「恋愛や関係性や性別の多様性」を説明するのはあまりよくないな、という気持ちはある。 聞きなれず覚えづらい「LGBT」という言葉を使うと

「他人の人生を物語として消費する」のが苦手。

僕が、テレビに対して苦手意識があるの、「他人の人生を物語として消費する」感じが強いからだ。 必ずしもテレビに限らないんだけどね。でも「TVタレント」という職業自体が、「自分の人生を物語として売る」ものだと感じる。 昔はテレビに出ている人でも、俳優、ミュージシャン、お笑い芸人、モデル、などなど、ちゃんとジャンルが分かれていたように思う。でも今ではごくごく一部の人を除いて、ほぼ全員が「タレントであること」を求められているように思う。 俳優が売っているのは演技だし、ミュージシ