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本屋さんで万引き犯扱いされて怒られた日のこと

 僕は万引きをしたことは人生で一度もないんですけど、万引きを疑われたことは一度だけあります。それは小学2年生のときのことでした。僕は当時『あさりちゃん』という少女向けの漫画がとても好きで、少ないおこづかいで少しずつ買い集めていました。ちなみに僕の小学2年生のときのおこづかいは月額600円でした。だから『あさりちゃん』のコミックスは月に1冊か2冊しか買えませんでした。僕にとって『あさりちゃん』のコミックス1冊は非常に大切なものだったのです。

 そんな僕はある日、学校の授業が終わって家に帰ってくると、おこづかい数百円を半ズボンのポッケに入れて近所の本屋さんに向かいました。『あさりちゃん』のコミックスを買うためです。そして僕はその本屋さんで『あさりちゃん』のコミックスを1冊だけ購入しました。ここは大事なところですが、僕は確かにレジでお金を支払って購入しました。『あさりちゃん』のコミックスを手に入れた僕は、心をウキウキさせながらほとんどスキップで家へと帰りました。

 でも帰宅してその新品の『あさりちゃん』を読んでいると、なんだか既視感がありました。僕は叫びました。「あ、これ読んだことある! うちにある巻をもう1冊買ってきちゃった!」と。当時のコミックスは350円くらいしたと思います。小学2年生の僕にとって350円を無駄にすることはとても大きな打撃でした。だから僕は考えました。「これを本屋さんに返して、まだ持ってない別の巻を買おう」と。通常そんなことは許されませんが、まだ幼かった僕は普通に返品できると思って家を飛び出しました。

 そして本屋さんの前に戻ってきた僕は、なぜなのかよく分からないけど、さっき間違えて買った『あさりちゃん』をトレーナーの下に隠しました。トレーナーのお腹の部分に手を添えながら本屋さんに入り、漫画の置いてあるコーナーのあたりをウロウロしました。僕は「お店に何かを返品する」という行為をしたことがなかったので、店員さんに返品を申し出る勇気がなかなか出てきませんでした。お腹のあたりを押さえながら店内を長時間ウロウロしている僕は、きっとかなり挙動不審に見えたのでしょう、ついには女性の店員さんに話しかけられました。「服のなかに何が入っているの?」と。

 僕は「本を返すなら今しかない!」と思って、服の下から『あさりちゃん』を取り出しました。そして店員さんに「これ、間違えて買ってしまったので返したいんです」と告げました。しかし店員さんは信じてくれません。僕が万引きしようとしていたと思っているようでした。「お金を払わずに売り物を持って帰るのはいけないことなのよ」と怒られました。僕はその女性店員の剣幕が恐ろしかったので、泣いてしまいました。泣きながら、「この本はさっきここで買ったんです。家に同じものがあったから返しに来たんです」と主張しました。

 その女性店員はレジの記録を調べましたが、なぜか「そんな記録は残っていないわ」と言います。そして「嘘をつくのはよくないことよ。万引きしようとしたことをちゃんと謝りなさい」と続けました。僕は確かにその『あさりちゃん』を購入したのに、なぜそんなことを言われるのかが理解できませんでした。

 いま考えると、おそらくその女性店員は、いったん子供を万引き犯扱いして泣かせたことで、後には引けなくなったのだろうと思います。レジには『あさりちゃん』の販売記録があったはずです。ついさっき買ったばかりなのだから。僕はその女性店員の𠮟責が怖かったし、状況があまりにも理不尽だったので、長いあいだ涙が止まりませんでした。そもそも、服の中に売り物を隠していたとしても、店の外に出てない以上、まだ万引きではないですよね。

 結局、この事件はどのような形で決着したのか? そのことはよく覚えていません。なにしろ35年くらいも昔のことなので。でも、めちゃくちゃ理不尽な怒られ方をしたことはすごく鮮明に覚えています。この事件が起こってから僕は、漫画や小説の同じ巻を買ってしまわないように細心の注意を払うようになりました。そして、42歳のおじさんになった今でも、本屋さんに入ると挙動不審にならないように気を付けています。

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ふちりん
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