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心への触れ方、身体への触れ方

アートや子どもや本や…多岐にわたる私の関心事ですが、感性・人間性というところで1つにつながっています
その関心事のひとつ、セルフケアの延長で、心身ケアのこともお伝えしています。"和のお手当て"のようなヨガのことです。

自分に触れる、他者に触れる(触れてもらう)ことで、巡りを良くしていくのですが、そのときの身体への触れ方と、直接身体に触れるのではない人との関わり方の作法には通じるものがある

と、こちらの本で感じたことです。

まず、身体に触れる時には、一点を、上から押しつぶすようには触れません。ツボ押しのようにグリグリと痛いところを押したくなるのですが、なるべく押す部分は大きな面の範囲で。

上からというよりも、誰かに寄り添うような角度で、滑り込むというか、斜め後ろから支えてくれているような角度で触れていきます。

人間と、そうしたお手当てではなく、言葉を交わしたり、一緒の時を過ごすような関わりも同様で、自分の役割を果たそうと真っ向から対峙するよりも、自分の役割は見えない、かすかに気配を感じる、そのような関係性が有効なのではないかと考えました。

医者が僕ひとり、医者が言っても話せない

『精神医療の専門性 「治す」とは異なるいくつかの試み」(P.79)

本には、医者という役割で対峙しようとすると、相手も構えて、物事が動かない。自分が信頼できる人になるか、信頼できる誰かと一緒に行くか、どちらかが必要ということが書かれています。

医療者として対峙するときにも、真っ向からではなく、一緒にいるような形で。

私は、この本を精神医療というより、子どもとの関わりをすくい取るように読んでいますが、親であったり、先生であっても、同じです。

人との関わりは、言葉を中心としたコミュニケーションではなく、身体の触れ方から養ってもいいかもしれません。

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