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『ALL PAIN 4 ME』を聴く

◎11月1日に配信リリースされたSILENT KILLA JOINT & ENDRUNのアルバム『ALL PAIN 4 ME』のプレスリリース文(作品紹介文)を担当しました。本稿では執筆にあたりヒアリングした内容も踏まえつつ、改めて作品についてのレビューと感想を書いています。

(※以下、プレスリリースの文章)

 淡路島出身のラッパー・SILENT KILLA JOINTが北大阪在住のビートメイカー/プロデューサー・DJ ENDRUNとタッグを組んだ14曲入りのアルバム『ALL PAIN 4 ME』が11月1日にリリースされる。SILENT KILLA JOINTとしては、前作『静寂麻巻』から約1年半を経ての新作アルバムとなる。「自分の音楽を聴いてくれる人達へ、より本音で問いかけたい」という思いも込められた今作は、ENDRUNとともにMixの微細な部分に至るまで調整を重ね、二人三脚で作り上げられたという。客演にはTRASH(BOIL RHYME)、Young Yujiro(HIBRID ENTERTAINMENT/YELLOW DRAGON BAND)、KAKKY、WELL-DONE(Tha Jointz)と、今回も比類ない同志達が名を連ねている。

 暗闇で瞳をぎらつかせた少年が“帰ってこいHiphop 時は今だ”と叫んだ日からおよそ10年。SILENT KILLA JOINTはひたむきに“今”を音に昇華し続け、同時にその活動姿勢そのものを通してリスナーへと訴え続けてきた。『ALL PAIN 4 ME』においてそのラップは、常に鮮烈でありながら哀愁とメロウネスを漂わせるENDRUNのビートの中でその歩みを辿り直すように、ひときわ鋭利な形で現実を捉える。そして、また新たな問いを生む。
 すなわち生を賭して抗うのか、緩慢に死へ向かうのか。答えはそう容易くは見つからない。本作はそうした魂の対話を聴き手にもたらす、ひとつの生き様の提示である。

SILENT KILLA JOINTは昨年3月27日にアルバム『静寂麻巻』リリース後、翌月1日にはリリース記念のワンマンライブを開催。その後も精力的なライブ活動を継続しながらMCバトルにも多数出場し、今年1月に豊洲PITで行われた『KING OF KINGS 2023 GRAND CHAMPIONSHIP FINAL』で同大会4年連続での出場を果たした。
また近年“BUDZ”名義でビートメイカーとしても活動しており、今年2月には初のビートテープ『10g BUDS』をフィジカル限定・数量限定でリリース。後輩ラッパー達への楽曲提供も積極的に行っている。

そしてDJ ENDRUNはコンスタントに数多くの日本語ラップ作品を手掛けており、幅広い層のラッパー/リスナーからの支持を得ている北大阪在住のビートメイカー。昨年はDUSTY HUSKY『DAAM』(M3.この曲はキくな)やBUPPON 『Mother』(M3.Encount feat.Mr.PUG)、仙人掌 & S-kaine『82_01』(M1.STEEL ATTITUDE, M2.SWITCH ON)等携わっており、今年1月にはS-kaineと12曲入りアルバム『INSIDE NOTES』をリリース。それと並行してビートテープ“BUDSREPORT”シリーズやミックステープ等も定期的に発表している。

今回のアルバムの制作が始まったのはだいたい一年半前、前作『静寂麻巻』のリリースから程ない頃であったそう。

いわゆるブーンバップに根ざしたビートというのは前提として、前作『静寂麻巻』が楽曲ごとの振り幅が大きくボリュームのある一作であったのに対して今作は『DAWN』以来の1MC・1ビートメイカー体制ということもあり、よりアルバムとしての色が明確に感じられる作品となっている。総じてENDRUNのソウルフルで流麗な上モノが耳に残るオーセンティックなビート、そしてSKJの確固たる意志や攻撃性を備えたリリックとそれを放つ研ぎ澄まされたラップ。そして、それらが作り出す目の覚めるような鮮烈さだ。

前作の内容を踏まえた上で今作『ALL PAIN 4 ME』のコンセプトとして意識した点について、SILENT KILLA JOINTは以下のようにコメントしていた。

前作では塀の向こうに行ってしまった友達や死んでしまった友人、それこそ“あいつの分も、こいつの分も”と言う思いやりの気持ちが強かったと思います。今作は自分の感覚に意識を持っていくことが強かったと今になっては思います。強いて言うならば、今一度いろいろなことをシーンに問いかける気持ちで制作しました。
本気でムカつく事がたくさん日常に見え隠れしだしたんですよね。人間関係だったりダサいものをまつりあげる馴れ合い、日本の政治や家庭の問題。現代社会にうんざりしきっていました。

また、直接ヒアリングした際には「『BlAqDeViL』の頃の鋭さは、若さゆえの勢いのまま偶発的に作り上げられていた部分もあった。あの頃のような鋭さを、そこから経験を重ねた今の自分が意識的に作品へ落とし込むということをやりたかった」とも語っていた。

その言葉通りで、本作はとてもわかりやすい一方、ある面では聴きやすくない部分もある。本人自ら“尖ってる”と評する、かなり振り切った表現を含んだリリックがその所以だ。
どこまでも現実を捉えようとしていて、そこから逃れられるような一時の狂乱や麻痺を基本的に許さない、正気を失わせない。私が今作のラップに対して最初に抱いた印象は概ねそんなところだった。

  1. SUMOTO INTRO

  2. NOT NOTORIOUS

茫洋とした海辺が目に浮かぶ「SUMOTO INTRO」から、たちまち薄氷を踏むような緊張感を醸したイントロが鳴る「NOT NOTORIOUS」。メロディアスで哀愁漂うビートによってアルバム全体の基調を成す、前作における「HOW MANY」「Return of street」のような幕開けの一曲。バースに珍しく長めの韻や連続した韻が組み込まれている点、フックから「BlAqDeViL」が想起させられる点も特徴的。

3.TIPPING POINT

女声ボーカルの優美な歌声が耳に残るビート上でエッジーなフレーズが濃密に畳み掛けられる、インパクトの強い楽曲。《わかりやすくやる俺はなるべく》の言葉通り、スタンスとイズムを簡潔に伝えるワードセンスが発揮された一曲でもある。ライブでは昨年から「ALL FEEL NICE」と並んでよく歌われていた(※ライブ映像)。

4.ALL PAIN 4 ME

アルバムの表題曲かつハイライトと言える一曲。イントロ~バースの入りまでの大ネタ使いと時代の逆行ぶりにまず痺れてしまう。他の曲でも多かれ少なかれ言えることだが、このメロディアスなビートのグルーヴを保持しつつ、竹を割ったようなフィジカル勝負のバースを蹴るフックにわかりやすく本人の持ち味が出ている。

5.HIGHER SHIT feat.TRASH

BOIL RHYMEのTRASHが参加。声ネタのループとほんのり和テイストが漂う弦の音色の空気感が絶妙で、TRASHの煙たいフロウとの親和性も感じられる。さすがにというかやはり濃厚なガンジャチューンで、それぞれに筆が乗っている感があり、脚韻が作るリズムと後半の掛け合いが聴きどころ。

6.BOMBERS feat.Young Yujiro

大阪のアンダーグラウンドシーンで活躍するHIPHOP集団・YELLOW DRAGON BANDからYoung Yujiroが参加。ピアノのループに乗るラップが曇天のようなdopeさを醸している一曲。この曲もまたインパクトの強いラインが多く、Young Yujiroのいなたいフロウとユニークなライムが耳に残る。

7.I DO IT feat.KAKKY

Squad Wordsとしての相方でもあるKAKKYが参加。長らく組んでいる関係だけあり、二人のラップが相乗的に作用していることが如実に伝わる曲。哀切を纏った歌声のループがそこはかとなく寒々しいトラック上で、さらに冷え冷えと現実を歌うラップが重なる。その仕上がりを見たSKJがリリックを一から書き直したというKAKKYのバースは、キレのあるフレーズが連続する後半が特に素晴らしい。
この曲のフックで表される志向は、このアルバムそのものの志向がまさしく物語っている。繰り返される《俺がやるから意味ある》はつまり時流に合わせてスタイルを曲げては意味がないということだ。

8.AWAJI SKIT
9.ONE FOR ALL

ほんのり異国情緒のある「AWAJI SKIT」から、上モノの不穏な歪みと低音の鳴りがここまで以上にdopeな「ONE FOR ALL」。密度高く矢継ぎ早に詰め込まれたリリックは際立って鋭利ではあるが、誰かを刺す以上は刺される局面も引き受けなくてはいけない。そこで最終的に愛情を持って諫めてくれる仲間への感謝で締めるあたりに一貫したマインドが伺える。

10.CHANGE ON MY MIND

ソウルフルな歌声と前作『静寂麻巻』からのサンプリングが印象的な楽曲。例に漏れずアンチテーゼではあるが、エモーショナルかつ温かみのあるビートによる影響もあるのか、心なしかメッセージ性の部分にも前作に近い空気感が感じられる。《スマホをやめて話をしよう/最初は無理でも目を見よう》《愛がなければ人は盲目》など、要は目線が若干柔らかい。ここから「ALL FEEL NICE」へ続く流れにも何となく頷けるものがある。

11.ALL FEEL NICE

今作の収録曲としては最初期に制作されており昨年10月にシングルとしてリリース、MVも公開されていた楽曲。アルバム収録曲として改めて聴くとやはり圧倒的なキャッチーさがあり、またこの曲の内容が今作の方向性を示す起点となっていることがわかる。なお、シングルとしてはデータの取り違えによりMVとも異なる(スクラッチが挿入されていない)バージョンでリリースされていたため、アルバムには改めて完成したリマスター版が収録されている。

12.ANTHEM feat.WELL-DONE

同い年で親交の深いWELL-DONE(Tha Jointz)が参加。「WAS NOTHING THE GHETTO」以来の組み合わせ。BUDDHA BRANDオマージュはSKJの楽曲においてわりと頻出だがこの曲のそれはかなりストレートである。同い年、つまり今年揃って20代を終えた二人が、このノスタルジックなムード漂うビートに乗せて所信表明のようなラップを掛け合いする、という意匠そのものがドラマティックな作品でもある。余談だがWELL-DONEの《海の向こうのこの音楽は/大事なモンを教えてくれた》は心なしか語呂的に「Return of street」を思い出させる一節である。

13.AS THE DESTINY IS

情感溢れるネオソウル的ビートに率直すぎるくらいのストレートなリリックが乗る、アルバム後半のハイライト的な楽曲。いなたさが過ぎるという事でENDRUNから一度“待った”がかかった(*)という裏話もあったが、一度聴いただけで覚えられるこのフックは作家性を考えれば正解だったのだろうと思う。MV(↑)も公開されているが、実際に歌っている姿を観るとよりいっそう腑に落ちる。恐らくは今作を提示する上で出来る限り衒いのない“個”として、ただの一なる存在として聴き手に対峙する必要があったのだろう。
 *ABEMA『Zeebra’s LUNCH TIME BREAKS』2024.11.1放送回より

14.RAIN DROPS

……という前段のような事はそもそも推し測るまでもなく、続く「RAIN DROPS」の中でも率直に歌われていた。《別に何者でもない1人の人間》であり《ガチでやるなら俺も捨て身/曝け出してやるこの腹のうち》ということだ。ある楽曲から考察をめぐらせてみた矢先に、別の曲の中で明快な結論が既に用意されていた事に気がつくという事象は、SKJのリリックについて語ろうとすると非常によくある。これは後述するが、つまりそれくらいにいつも全部言っている。
さておき、アルバムの中でも特に多重のコーラスが響きとして優しく、またラップも比較的“歌”に近いグルーヴが感じられる、締めくくりに相応しい一曲である。タイトル通りに空模様がモチーフになっており、フックでは雫の音色が鳴らされる。
ついでに言えば、空からの一雫というのは一つの生命を想起させるモチーフでもある。ここで「SUMOTO INTRO」に立ち返るわけではないが、我々もまたこの地に生まれ落ちて、やがては大海に還る一滴である。この音楽はどこまでも“個”と“個”による対峙を前提としているのだ。


SNSが台頭する社会では、しばしば実態以上に見え方が物を言いがちだ。ただ勝者らしき位置取りに執心しているだけの者が、実際に勝者と見なされるといった事態が起きたりする。そうした中で、気がつけばその場に適した態度を無意識に探ってしまうようになり、自分なりの価値基準を持つ、ありのままの感情を語るといった主体的な行動が難しくなってしまうこともある。

“簡単なことだからって、誰にでも出来るわけじゃない(*)”と昔、この世で最も敬愛する歌い手が歌っていた。ここでいう“簡単なこと”とは例えば、障害や起伏を潰して平らにならした道を悠々と歩くような行為ではない。粗く険しい悪路の中でもなるべく折れたり曲がったりはせず、力ずくで真っ直ぐ進もうとするようなそれだ。だからこそ最近ではこのフレーズを聴き直すとき、週末のパーティーを続けるHIPHOPアーティスト達の姿が思い浮かぶようになった。
 *矢野絢子「太陽の人」

「それでも人生、楽しむのかどうか自分で決めろ」。
以前、本人に大変な出来事が起きた直後のライブでそう訴えていたことを近頃はよく思い出す。「そうか、楽しむことを自分で決意して生きるのか」と、日々の目線を捉え直させられる感覚がその時にあった。

しかし個人的に、どこか成熟した印象や落ち着きが垣間見えた前作『静寂麻巻』からの次作『ALL PAIN 4 ME』での“初期衝動への回帰を試みる”という選択には正直恐れ入ってしまった。
とはいえ、そもそも私がSILENT KILLA JOINTのラップから読み取ったものはまず“怒り”であり“警鐘”であったことも事実である。

昨年のnoteを書くまでの約半年余りと、そこから今に至るまでの月日を合わせると、もうじき二年ほどになる。SILENT KILLA JOINTは大体どの作品やどのステージにおいても変わらず、そのとき腹に抱えているものを全部丸ごと出しているんじゃないかと思うほど多弁で実直だった。

強い意志と覚悟と、それでも時おり揺らぎ乱れる心の弱さや迷い、逃れられない痛みの記憶、現実に対する怒りとやるせなさ、そして周囲の大切な仲間に対する感謝と懺悔の感情。それらを明け透けに、つとめて平易な言葉で発する。ライブでもフリースタイルバトルでもステージを降りたところでもそれは同じで、嘘や矛盾を感じるようなことはほとんどなかった。こんなにわかりやすく思考の道筋が見える言葉を選び続けるアーティストが居るのか、と半ば呆気にとられるほど。

だからこそ、私はなるべく現場を見ていたかった。その理由は単純で、その姿を見届けるため、そして前を向くためである。
要するにフロアのどこかしらからステージに向かって背筋を伸ばして立つ、そうしてステージから投げかけられる問いを正面から受け止める。そうする時間が自分には必要だったのだ。

『ALL PAIN 4 ME』を初めて聴いた時に、ともすればこの先、私自身がこの精神性と対立する立場に立つようなことも十分に有り得るのだろうと思った。しかしそんな当たり前のことを、ただ“あるべき”ことを何度でも頭に叩き込んでくれるのがこのラッパーで、そうした表現者を必要としている聴き手は自分以外にも少なからず居るだろうとも考えている。絶えず考え続けること、自らに問いかけ続けること。それが生きていくということだと、この作品は伝えている。

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