脳と心 第6集 果てしなき脳宇宙 ~無意識と創造性~

■第6集 果てしなき脳宇宙~無意識と創造性~
先人の文化遺産を習得する驚異的な理解力と記憶力を備えたヒトの脳は、お互いに理解し合い、「意識」の世界を共有することによって、巨大な文明を築いてきた。そして天才たちは、しばしその「意識」を逸脱するような激しい創造活動の中で、すばらしい芸術を生み出してきた。だが、市民が共有する意識からの逸脱は狂気にもつながる。天才が芸術を生み出す瞬間、狂気に似た何かが脳の中で起きているのではないだろうか。発達した人類の脳は、世界の謎を次々に解きあかすと同時に、自己の内部に巨大な無意識をはぐくんできた。脳の活動を制御するバランスが揺れ動いたとき、普通は閉ざされているこの無意識の世界の重い扉が開かれる。天才的芸術家の創造の瞬間や、神秘体験者を追いながら、意識下の世界に潜む脳の働きの神秘に迫っていく。

ネアンデルタール人は,すでに魑魅魍魎(ちみもうりょう)を認めるようになっていたものと思われます。

人間は,前頭葉の発達ゆえに,自分でじかに体験していないことを思い浮かべることができるようになってきています。これが膨らむと,妄想になります。我々には,妄想がとめどなく膨らむことがないようにする脳の安定化装置がいくつかあります。
安定化装置のねじがゆるむと,心の奥深くから魑魅魍魎たちが浮かび上がってきます。これは,妄想ばかりでなく,芸術的な創造性の爆発であったり,深い宗教体験であったりします。
魑魅魍魎は,可能性をひらく新たな扉でもあるのです。

福岡県と大分県の境にある求菩提山(くぼてさん)で,12月に7日間の断食行を行う4名が取材されています。行を行う者には,3度目の夜を迎えたころから,幻覚が現れると言われています。彼ら(女性1名を含む)は,断食行を通して,脳の安定化装置を敢えてゆるめ,日常では出会えない何ものかとの出会いに期待しているのです。2時間交替でお経を唱え続け,何かが起きたとき,お経が止まるといわれています。彼らの読経が止まったとき,気配を感じたり,何ものかに手を動かされたり,押し倒されたりする体験があったとのコメントが後に語られます。

メキシコのシャーマンが取り上げられます。ここでは,シロシベという幻覚を起こすキノコをシャーマンと患者が一緒に食べて,さまざまな幻覚を体験する中で,心が通じ合うのを体験します。

求菩提山で行者らが幻覚を見た直後の血液を調べました。血小板のセロトニン・レセプターの数が倍になっていました。シロシベに含まれているシロシンという化学物質はセロトニンと構造がきわめて近く,セロトニン・レセプターともよく結合します。行者も,キノコを食べたシャーマンも,同じような状態になっているものと考えられます。

前頭葉でシロシンがセロトニン・レセプターと結合すると,前頭葉から視床に送り返されていた情報がとぎれます。すると,関所としての視床の役割が弱まり,外部からの情報がとめどなく脳に流れ込んできます。それだけでなく,普段は意識にのぼらない記憶などの内部の情報もどんどん前頭葉に流れ込んできます。これが幻覚となるのです。
視床は前頭葉に入る情報を絞り込み,幻覚を防ぐ脳の安定化装置なのです。

では,内部からの情報と何なのでしょうか。
まずは,個人的な無意識です。イメージなどが意味づけされたり整理されたりすることなく,ばらばらに存在しています。
それよりももっと深いところには,民族や世代を超え,時間や空間,自他の区別もない,ネアンデルタール人にも共通する無意識があります。

ペルーの元シャーマン,パブロ・アマリンゴさんはアヤワスカという植物による幻覚作用を通して体験した無意識の世界を,絵にしています。

続いて,沖縄は宮古島のユタというシャーマンの話が出てきます。
根間ツル子さんというユタが,ナオミさんの抱える大きな悩みを解消するのを助けます。その日は,ナオミさんは激しい感情の高まりを感じていたようです。カミダーリ(神障り)の苦しい状態を乗り越えることで,他の人の悩みを救う力を得ることができると沖縄では考えられています。カミダーリを精神疾患と考えるのではなく,創造的ですばらしいものと考えるのです。

天才は,脳の安定化装置のゆるみによって起こる狂気との境にあるのかもしれません。ムンクの叫びも,後ろの2人が自分のことをうわさしているという幻覚妄想によるものという解釈があるようです。

統合失調症の人の脳を画像解析すると,大脳基底核の働きが活発になっていることが分かりました。
大脳基底核は,前頭葉から発せられる数々の指令を秩序だった決断や行動に移す働きをします。
前頭葉は,次に起こす行動をいくつも考えることができます。しかし,体は一つしかありませんから,その中から最適と思われる行動を,時々刻々,選択しなければなりません。その,いくつもの行動から一つに絞り込む働きをしているのが大脳基底核です。つまり,大脳基底核は,脳から出ていく指令を絞る安定化装置なのです。
統合失調症の人は,大脳基底核において,ドーパミンの働きが高まっています。大脳基底核の中を,ドーパミンを放出する神経が通っていて,ドーパミン・レセプターが増えてドーパミンの働きが異常に高まると,前頭葉の指令を絞る抑制神経の働きが弱まり,指令が無秩序に出ていくようになります。このため,統合失調症の人に脈絡のない発言や行動が現れると考えられます。

ドーパミンは,働く場所によって,マイナスにもプラスにも働きます。大脳基底核で働けば支離滅裂な言動につながりますが,前頭葉で働けば創造性やひらめきにつながります。
ニューヨークにアレックス・グレーという,画家がいます。彼は,ハーバード博物館で人体に触れた体験を活かし,骨や筋肉と共に,その奥に潜む魂に迫ろうとする独自の作風を持っています。心の眼で見ているものを形にしているのです。

前頭葉で生み出される創造性に重要な役割を果たすと考えられる神経があります。A-10神経です。前頭葉において,イメージなどの情報を伝える神経だけでは次の神経細胞が発火しないときに,A-10神経がドーパミンを放出することで次の神経細胞を発火させることができ,そのままでは伝わらなかった情報が伝わるようになります。これが創造性として開花するのです。

断食行も5日目を迎えました。行の激しい苦痛を和らげるしくみが解明されてきています。βエンドルフィンなどの脳内麻薬が放出されると,ドーパミンの放出を抑制していた神経の働きが弱まり,ドーパミンが大量に放出されるようになります。
ドーパミンは,古い脳では深い快感を,前頭葉では強い精神の高揚をもたらします。ここから至福感が生まれ,新しい自分にも出会えるのです。

根間さんの左右の脳の活動状況を調べたところ,普通に話をしているときには左脳が働きますが,歌を歌い始めると左脳が鎮まり,次第に右脳が活発に働くようになります。歌が終わった後も右脳はいっそう活発に働き,話し始めた後も,右脳の活性化した状態が持続します。つまり,右脳の中で起こっていることを,左脳で言語化して伝えているのではないかと考えられます。

求菩提山では,4人が7日間の断食行を終えました。人生観が変わったかのようなことを述べています。個人を超えた深い無意識の世界に,自分の悩みや苦しみを解決する手がかりがあるのでしょうか。

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