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新社会人はつらいよ

CHOT FRESINO

 プシュー…

「◯◯駅〜◯◯駅〜駆け込み乗車はおやめください。」

 ・・・ハッ!ヤッバ!!降りな!!
すみません。降ります、すみません…。

 いつの間にか寝てしまっていたらしい。
目を覚ました時には、降りる駅だったので、僕は急いで座席を立ち、朝の通勤ラッシュで満員の車内を人混みを掻き分けかきわけ、なんとかホームに出た。

 これは2年前のちょうど今ぐらいの時期の話だ。
当時の僕は大学を卒業し、新社会人になるのに定職にも着かず、塗装屋さんや、夜勤(解体の現場仕事)、宗右衛門町のbar店員、美大でお世話になった先生の工房のお手伝い等、草鞋何足履くねん?ってくらい、いくつか仕事を掛け持ちしていた。
いわゆる"フリーター"ってやつだ。
 その日は、大学の先生の工房のお手伝いに行く日で、電車で片道約3時間かけて工房に向かっていた。

 間一髪!セーフ!寝過ごさんくて良かった〜と安堵するも、すぐさま異変に気付いた。

 ・・・ヘッドフォンから音楽がかかっていない・・・

 フォーンプラグ(iPhoneのイヤホンジャックに挿すやつ)を見ると、ぷらーんとダラシなく垂れ下がっていて、その先(iPhone)が見当たらない

 うっわ、人混み掻き分けて電車出る時にどっかで引っかけて電車の中に落としたんや!と思った僕は、再び満員電車に ラララ 覚悟だけ決めたら ラララ セキララにDIVE(DIVE!!)した。

 残された時間は全然無い。あと20秒くらいで多分電車は出発するだろう…
それまでにiPhoneを発見し、救助し、再びホームに戻らなければ仕事に遅刻してしまう…!
 緊迫した状況の中、『海猿』で海難救助に向かう仙崎大輔(伊藤英明)さながらのテンションで電車に飛び込んだ

 車内の床を見渡しながら人を掻き分けて、自分が座っていた座席まで戻った。
だが、僕のiPhoneは見当たらない
そんなはずはない!!絶対にココにあるはずだ!

「あの…iPhone見ませんでした?」

 僕が座っていた座席には次の人が座っていたので話しかけた。

「いや…見てないですけど。」

 …まじで?ほな、どこ落としたんやろ?
僕は座席付近を血眼で探したが、やはり見つからない…

 あきらめかけたその時(©︎ET-KING 「ギフト」)車内の窓越しにホームに落ちているiPhoneと目が合った。

 あった!!!!!!

 あった!あった!iPhoneがあった!
僕は「クララが立った」のリズムで手拍子付きで言いたいくらい歓喜した。

 完全に車内に落とした思ってたら、ホームで落としたんか〜このうっかりさん!と思ったその時、

「あの…あれじゃないですか?(ホームに落ちているiPhoneを指差しながら)」

 さっき話しかけた、僕が座っていた座席に座っている人が話しかけてきた。
もうね、アホかと。なに分かりきってあることドヤ顔で申してけつかんねん!?
こちとら、10秒前から見つけとんの、
クララ☆DANCE踊ってんの見て分からんのかいな?と思いつつも、
その親切心に感謝し

「ですです!ありました!ありがとうございます!」

 と返事した瞬間

 プシュー… バタンッ!

・・・電車のドアが閉まった。閉まってしまった…

 ・・・へ?
思考が追いつかない。脳がショートしてしまい、現状を理解できない…いや、受け入れるのを拒んでいる。

 その話しかけてきた奴を見ると、「うわ、ドンマイ…ご愁傷様なんやで…」みたいな顔でこっちを見ている…

 いやいや!…もう一回いやいや!
お前が話しかけて来んかったら、絶対俺電車降りれてたやん!!!お前に返事した分、時間ロスしてもうたせいやんけ!!!
お陰でiPhone見つけたのに、俺電車の中、iPhoneはホーム、仕事完全に遅刻、という最悪の結果になってしもたやん!
どないしてくれますのん!?どないしてくれますのんか!?
と逆恨みしつつ、電車がゆっくりと進みだしたので、「北斗の拳」のケンシロウみたいな顔でiPhoneを見送った。
 人間、ほんまにヤバイ状況になると「」になるんですね。

 想像して欲しい。
iPhoneをひとり駅のホームに残し、僕は車内で窓越しにそれを見つめ、ゆっくりと電車が進む様を…

あれ?おかしいな。iPhoneはホームやのに、ヘッドフォンから「ドナドナ」が流れてきた。

ある晴れた朝早く
次の駅へ続く線路

電車がゴトゴト
僕だけを乗せて行く

かわいいiPhone置いてかれてくよ
悲しそうな瞳で(僕は)見ているよ

ドナドナドナドナ
僕だけを乗せて

ドナドナドナドナ
電車が揺れる

 「ドナドナ」を作詞した人もこんな心境だったに違いない。
今なら分かりみがスゴみ!

 しょうがない。次の駅で降りて、引き返すかと、満員電車の中ぼーっと突っ立っていることにした。

 しかし、2、3分経っても一向に電車は駅に停車しない
そういえば、さっきから2駅くらい通り過ごしてんぞ…‼︎

 ...区間快速だった。

 「オーマイゴッドファーザー降臨 よいしょっ!」なんつってフースーヤのネタをやる余裕はロンモチでない

 僕の脳内は、9割がiPhoneはちゃんとあるかな?で、残りの0.8割が眠たいな、残りの0.2割でなんて先生に遅刻の言い訳しよ?みたいなカンジだった。

 そんなことを考えていると漸く、次の駅に停車した。僕がiPhoneを落とした駅から5駅も先の駅だった。
再び人を掻き分けてかきわけて、電車を降り反対車線までダッシュし、戻りの電車に飛び乗った。

 発車まで数分あったので、乗客に頼み込んで携帯を借り、先生に電話をかけ、遅れる旨を伝えた。
言うても僕も社会人だ。やっぱし「報連相(ほうれんそう)」は欠かせない。
「今まさに遅刻してるお前が言うな!」なんつーコメントは、オ・コ・ト・ワ・リだ。

 戻りの電車はまさかの各駅停車だった。
もう、遅刻の電話はしているのでこれ以上遅れようが、気にしナッスィングトゥーマッチ!

 それどころか僕は、もしかしたら綺麗なお姉さんが僕のiPhoneを拾って待ってくれてて、僕が戻るとお互い一目惚れ…なんてゆうドラマや少女漫画でありがちな展開を妄想し、胸をワクつかせていた。
一人朝ドラ第1話放送開始である。
(朝ドラの)名前はまだない。

 駅に着いた。またまた僕はダッシュで反対車線に戻り、iPhoneが落ちていた場所に行ったが、ない…iPhoneがない!!
ここにあったはずやのにiPhoneねぇじゃん!!(©︎寺田心)
 焦った僕は改札横の駅員さんにiPhoneの落し物がないか尋ねた。

「これですか?先程お預かりしましたよ。
ご自身の物でお間違いなければ署名お願いします。」

 こうして、iPhoneは僕の元に戻ってきた。
ただひとつ、悔やまれるのはiPhoneを届けてくれた綺麗なお姉さんとお会い出来なかったことだ。
 願わくば、このエッセイが心もお顔も美しいそのお姉さんに届きますように
そして、私です!と名乗り出てきて欲しい
コーヒーの一杯や二杯全然お礼にご馳走しますんで!なんならケーキもどうぞ。
是非、お茶しましょう!

…綺麗なお姉さんなら。



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