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大事もっけにし過ぎた結果。
#20240417-387
2024年4月17日(水)
むーくん(夫)の実家には思い当たるものがないというのだが、なぜか私の実家には「実家でしか通じない」言葉がある。実家の姓を取り、むーくんは「〇〇語」と呼ぶ。
たとえば、私がむーくんの知らない言葉をいう。
「そんなん、聞いたことないな。また〇〇語だろ」
私は慌てて辞書を引く。
「ほらぁ、載ってるよ。ちゃんと日本語だもん」
そのページをむーくんの鼻先につきつけて、ふんぞり返ることもあれば、
「え? え? え? 嘘。日本語じゃないの。みんな、いわないの?」
ほかの言葉に置き換えられなくて、しょぼくれることもある。
「大事もっけにし過ぎちゃったよ」
仕事から帰ったむーくんに報告する。
「大事もっけ?」
「これもまた存在しない言葉?」
辞書を引き、スマートフォンでも検索するが出てこない。
「もっけ」は何かが転訛したのだろうか。それとも勿怪の幸いの「勿怪」に通ずるのか。
「えーっとね、本当は使ったほうがいいのにもったいなくて大事にすること、かな」
結婚当初はむーくんだけでなく、世間一般に通じない〇〇語が見付かる度に驚き、笑ったが、12年という月日が日常のひとコマにさせてしまった。
大事もの→大事モン→大事もっけ……あたりだろうか。
「何をそんなに大事もっけにした?」
むーくんが笑って問う。
「あのね、あのね、STARBUCKSのドリンク1杯券!」
略してスタバこと、STARBUCKSはアメリカのシアトル発の喫茶店チェーンである。そこで販売されているタンブラーを買うと、お好きなドリンク1杯券がついてきた。
タンブラーを購入したのは独身のときで、会社勤めをしていた私はもっぱらタンブラーを職場用のマイカップ代わりにしていた。休憩室にあるサーバーからお茶を汲んでデスクで飲んでいた。そのため、なかなか空のタンブラーを持って、スタバに行く機会がなかった。
スタバを利用しないかといえば、ちょくちょく訪れている。
ノコ(娘小5)を連れてはいかないが、私だけのときやむーくんとの2人タイムには足を運ぶ。ノコと行かないのは、ノコがコーヒーや抹茶が飲めず、また複数の味の組み合わせを嫌う傾向があるからだ。冷たい甘味のフラペチーノにしても、ファストフード店のマクドナルドにあるバニラならバニラ、チョコレートならチョコレートとただ1種類の味がするシェイクを好む。
せっかく購入して、顔をしかめられるのが嫌だから連れていかないだけだ。
ノコもノコで、スタバは「ママがコーヒーを飲むお店」と認識しており、大型ショッピングモールを散策中にコーヒー切れした私が立ち寄っても何もいわない。ノコが好きなコーラやファンタを買ってもらえればいい。
そういうわけで、私の財布に長いことドリンク1杯券は居座っていた。
あのスタバカラーというのか、緑色の券と白地にTHANK YOUという文字が躍る券の2枚があった。端がよれ、だいぶくたびれている。財布の整理も兼ねて、そろそろ使おうと思った。
今日のノコの習い事の待機時間は、空のタンブラーを持ってスタバに行こう!
そして、ドリンク1杯は無料なのだから、スイーツもつけてしまおう。
新学期がはじまり、慣れない環境にノコは荒れ気味だ。その対応をがんばっている私にご褒美だ!
ノコを習い事先に預けると、私はいそいそとスタバへ向かった。
レジでドリンク1杯券を出し、スイーツも注文する。
若い女性の店員はドリンク1杯券を手に取り、首を傾げた。奥に引っ込むと男性店員を連れて戻ってきた。
「申し訳ございません。充分告知していたと思ったのですが……」
どうもこの紙のドリンク1杯券は使えなくなったらしい。なんてこったい。
スタバには来ていたのに、全然気付かなかった。
男性店員が私のドリンク1杯券に目を落とす。
「あぁ、これは懐かしいですね! 僕が入店したときに配っていた券です。もう20年くらい前のですよね!」
そうだ――確かに20年は経っていると思う。
緑の券は使えないとしても家にあるもう1枚の白地の券も使えないだろうか。
「家に白い券もあるんですが、それももうダメですか?」
「紙の券はもう・・・・・・」
男性店員は眉尻を下げ、困ったような申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「わかりました」
もうこのドリンクとスイーツを食べる気満々だったので、この時点での取り下げはなおさら落ち込む。これを飲んで食べて、なぐさめてもらおう。
「……というわけだったのです」
私は大事もっけにし過ぎて使えなくなったドリンク1杯券の結末をむーくんに話した。
「全国どこの店舗でも利用できてさ、有効期限がなかったから、ついつい大事な『いつか』のために取っておき過ぎたよ」
むーくんが笑う。今度からは無料なものほど、早く使ってしまおう。
「ちゃんと現金払って、自分にご褒美しちゃいました」
「いいんでないかい」
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