#03 "理由とか原因を他人に紐づけてると人生がどんどん不自由になる" スモールワールズ(一穂ミチ著)
「だから○○したくなかったのに!」とよく言っていませんか?
私は口に出してはいないものの、よく心の中では思っていました。
無責任の代表格です。
今回は、一穂ミチさんの「スモールワールズ」 の「愛を適量」で
出てきた言葉をピックアップです。
【2022年 本屋大賞ノミネート】【第165回直木賞候補作】と、
本屋で誰もが見えるところに置いてあることも多く、
この作品をご存知の方も多いのではないでしょうか?
短編集で移動中にもスラスラ読むことができましたので、
気楽な読書にオススメです。
本書でのこの言葉の背景
15年前に別れた妻が引き取った娘(見かけは男)が、
冴えない教師である父親に言った言葉です。
若干のネタバレになりますが、
このシーンでは、父親のイメチェンを無理やり試みている背景があります。
具体的には、眉毛を整えた翌日、校門で挨拶していたら、
生徒に気持ち悪がられたというシーンです。
ここまで強い意志のある娘はとても立派ですが、
現実はそんなに強い意志を持てない場面が多いと思います。
しかし、30代を過ぎると家庭を持ったり、部下を持ったり、
自分で決断をしなければいけない場面が
より多く出てきているのではないでしょうか?
取り上げた理由
そんな強い意志のない、
なんとなく20代を過ごした自分には、
この言葉で思い当たることがたくさんありました。
逃げていた自分をうまく言語化されたなとズバッ!と切られた感じです。
双子で生まれた私は、身長、学力成績、足の速さ、友達の多さなど、
兄弟で当然のように比べられることが多く、
ただただ生きているだけで比べられる人生を歩んでいました。
もちろん「喰らいついていく!」という
ファイターなメンタルが育ったメリットはあるものの、
結局は自分で決断して自分で進めていく「決断力」が育つことは
ありませんでした。
兄と同じ道を歩いていれば、怒られませんから。
他人について行けば、間違っても他人のせいにできてしまいますし、
自分の決断で失敗した経験が明らかに不足していることに気づきました。
「○○さんが言っていたから、こうしました。」など、
結局やったのは自分であるにも関わらず、
他責にする傾向がよく思い当たります。
特に、大企業での会議などでよく使用される言い訳に近いかもしれません。
結局、私には自分に自信がありませんでした。
妻がスーパーへ行くまでに「ご飯何食べたい?」という質問にも
パッと答えられない優柔不断な30代です。
さぁ、どうしましょう。
この言葉を受けてのアクション
言葉をiPhoneのメモアプリに長期保存していても、何の役にも立ちませんでしたので、
アクションに落とし込むことにしました。
この言葉をきっかけに、物事を進めて、決断をするときの理由が
「他人」なのか?
「自分」で考えて決めたことなのか?
を客観的に考えてみたいと思います。
最終的には自分で決める力をこの30代からでも
「少しずつ」養っていきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
少しずつ、一歩一歩。
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