田村 こころ 十八歳の肖像
岡鶴学園高等部三年C組出席番号二十五番田村こころ。
この小さな乙女の園で最も輝いていたのは彼女だった。
身長は160センチよりも少し上、肩よりも少し長く伸びた髪を器用に結んでいる。
誰にでも優しく、成績は常に一番で友達がたくさんいる蜘蛛が苦手な女の子。
私はそんな彼女がずっと、ずっと大嫌いだった。
岡鶴学園高等部三年C組出席番号二十六番、身長は150センチに一つ足りず、成績はいつも下から数えた方が早い、無愛想なショートカットをずっと保っている。いつも憂鬱で友達がいない勉強が大の苦手の私とは正反対の彼女が。
田村こころは没個性だった。女子高生らしく3センチあげたスカートを履いて、膝下までの靴下は足が長く見えるようにくるぶしの上まで下げて歩く、やけに大袈裟なスキンシップにユーチューバーが好きで名前も知らない読者モデルのファンだった。
実につまらない女子高生だった。3年間、全ての成績が学年トップだったことを除いて彼女はつまらない人間だった。同級生からも、後輩からも、上級生からも、教師からも人望が厚い没個性の彼女はいつも乾いた目をしていた。笑顔のあとも、涙したあとも彼女の目は乾いたままだった。それはまるで、自分自身がつまらない人間だとわかっているかのようで、そんなところも私はずっと、ずっと、ずっと、ずっと怖くて、嫌いで堪らなかった。
テスト返却の日は憂鬱な学校生活がいつにも増して憂鬱だった。二十四番の答案が返される時の教師の誇らしげな顔も、名前を呼ばれた彼女の乾いたあの目も、教室という空間でさえも私を劣等感に浸らせるには十分で、どうか名前を呼ばれませんように、と願うしか出来ないほど無力だった。そのあと、教師が向ける冷たい視線がどうか私のものでありませんように、と信じてもいない西洋の神の名を唱えた瞬間、名前が呼ばれ、痛いほど冷たい視線を浴びたとき、私はこの神をはりつけにしてやると心に誓った。
私は何をしたって彼女に勝てなかった。どれだけ真剣に物事をこなしても、私が次に向かおうと顔を上げると彼女は遥か先の方にいて何も見えない。そんな劣等感と不安が私の高校生活を縛り付けていた。
時折、私は彼女の蜃気楼を見ているのではないかと思い目を擦ったこともあった。しかし、私がどれだけ目を擦ったとて、私の小さな眼に見える現実は彼女の小さくてぼやけた背中だけだった。
私は醜かった、一等星の彼女とは正反対に。それも、許せなかった。
春が過ぎ、夏が来て、秋が去って冬になっても、いつまでも、いつまでも田村こころは没個性のままだった。体育祭で炎天下汗を流し優勝に手が届いたとクラスメイト全員で泣き喜んだとしても、音楽祭の合唱で指揮をし感極まって涙を流したとしても、文化祭で実行委員になり、責任ある仕事を任され苦しんでいたとしても彼女の瞳は乾ききっていて私の劣等感は拭えないまま三度目の春がきた。
最後の春、私は清々しかった。憂鬱な高校生活からも教師の冷え切った視線からも、そして何よりも田村こころから解放されるのだ。
十八年間生きてきて、これほどまでに清々しさを感じたことはあっただろうか。
いや、なかった。なかった!
黒く重たく、苦しい私を締め付けるものから、たった今、こんなに一瞬で自由になったのだ!
卒業式の答辞は満場一致で田村こころが務めることとなった。
私は、泣かなかった。喜びに胸を占めていたから。
卒業式終盤、いよいよ田村こころの答辞が回ってきた。彼女の答辞は一言で言ってしまえば愚かだった。
普段の彼女なら到底口にしないであろう、陳腐な言葉を並べた文章に感情的な涙。愚かだった。愚かだった。
彼女が涙を流したその瞬間、私は彼女に勝った。三年間の劣等感は全てこの時のためにあったのだ。そう思って笑いながら彼女を見上げたその瞬間、
大嫌いだったあの乾いた瞳は、ただ真っ直ぐに愚かな私を見つめていた。