真実は小説より
私には⾜がない。
いや、正確に⾔えばきちんとあるのだけれど。
私は⾜が透明なのだ。
この世には先祖返りというものがあって、私の先祖は透明⼈間だった。先祖返りの⼈⼝が多くなった昨今でも、透明⼈間の先祖返りは特に稀らしい。⽗も⺟も先祖返りはしなかったし、中学校での先祖返りは私だけだった。
⾼校では、私の他にも先祖返りの⼦がいたけれど、その⼦は獣⼈の末裔でクラスメイトによく可愛がられていた。学校や道端を歩いているだけで向けられる鋭い視線に私はすっかりうんざりし、いっそのこと顔が⾒えていなければ… と何度も⾃⼰嫌悪を繰り返した後、学校へはほとんど⾏かずに舞台観劇に没頭した。
私もあの世界へ⾏きたい! そう思ったが、下半⾝のない私が舞台に⽴つのはあまりに不恰好で、砂糖菓⼦がほろほろと崩れるように、簡単に夢は砕け散った。
⾼校三年の夏、⺟は私にある⼤学のパンフレットを⾒せてきた。
そこにはデカデカと“ニチゲイで化けました”とそう書いてあった。
「ここならあなたが『あなたらしく』いられるんじゃないかな」
そう⾔われたあの⽇の事は今でも鮮明に覚えている。
私は、昔から⽂章を書くのが好きだった。現実ではない何かを⽂章が教えてくれるから。
そんな単純な理由で私はブンゲイ学科に志願した。
そこからは嵐のように⽇々が過ぎていった。エントリーシートにはわざとらしく⾃分の先祖返りについてポジティブに書き、何度も⾃分にツッコミを⼊れた。
試験の⽇、先祖返りの⼦が⼀⼈はいるだろうと睨んでいた私の予感は⼤いに外れ、3時間という⻑丁場の試験時間を落胆して過ごす事になる。しかし、そんな私の感情とは裏腹に筆はスイスイと進んでいた。もはや私の原稿⽤紙は⾃分だけの舞台のようだった。
だが、やはり落胆した気持ちは原稿⽤紙にも出ていたのだろうか、単純にも表題の番号を間違えて書いてしまっていたのである。
その⼆時間後、ようやく間違いに気づき、都会の真ん中で⼤号泣することになるのだが
それはまだ少し、先の話である。