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【朗読】猟に行く理由①

はじめに

「なぜ猟師になったの?」「どうして狩猟に興味を持ったの?」
と聞かれる度にいちいち説明するのも正直面倒だ。かなり端折って伝えたり、適当な事を言ってその場から立ち去る場合もある。

聞く人達は会話の間を持たせるために、物珍しい人間だからという理由でただ聞いているだけ。本当のところは全く興味はないだろうなと思っているからだ。一度に全てを伝える事はまず無い。

とはいえざっくりといえば「食への飽くなき探究心」という道筋があるので、この行動理念について改めて整理してみようかなと思う。
(書く内容が多いので複数回に分けます。ご了承下さい)

フランス料理との出会い

齢20歳、大学生だった私は高校の同級生に誘われ、都内のフレンチに足を運ぶことになった。今思えばこれが最初のターニングポイントだった。

彼は高校卒業後、料理の専門学校に通っていた。その間連絡は全く取っていなかったが、蓋を開けてみるとカリキュラムで1年間フランスに移り住み、リヨンの一つ星レストランで働いていたという。先日帰国したばかりだった。

「これから東京で就職先(フレンチレストラン)探す。何件か候補を絞っているけど、一緒に行く?」と連絡をくれた。

幸い小学生の頃にボーイスカウトで、上海に飛鳥という巨大客船で行った事があった。その時船内でテーブルマナーを学んだ。フォーク・ナイフは外から、ナプキンをつけて、あとは・・・まぁ覚えていないけど多分なんとかなる!だろうと思い、気軽にOKした。

彼に言われた通り、ドレスコードを身に纏い、コース料理の量を考えて当日の朝食を調整した。当然食事と一緒にワインを飲むので、酔っ払うだろうからその後の予定も特に入れなかった。その食事の為に1日を使うなんてそう無いことだ。というか何時頃にどんな段取りで進み、終わるのか想像すら難しい。

成人式用のスーツと革靴、それに期待と不安を身に纏い、財布に数万円を忍ばせてランチのコースを食べた。テーブルマナーで粗相こそしなかったが、客層的にかなり若い事と、慣れないスーツを着ている事、高級店の醸し出す緊張感であっという間にぎこちなくなり、立ち振る舞いは明らかに浮いていたと思う。

しかし、同席する彼はそういった食事をこの2年で何度も行ってきた強者だ。流石にどっしりと構えていた。一つ一つの味を私よりも注意深く確かめながら、必要事項をメモしたり、サービスの方に質問を繰り返している。

そんな頼もしい友人が知らない事を沢山教えてくれた。何よりどの料理の盛り付けも美しく、そして普段食べている食事と異なるベクトルの美味しさに膝を打った。彼の真似をしてペアリングで頼んだワインを片手に、大人の階段を登っていると実感し、しばらく悦に浸ったことも記しておく。

特別な食事を終えたら、その場で解散。本当に食事がメインイベントだった。当然こんな遊び方は初体験。満腹だが、食べた事のない味の応酬。酒と食事の相性という言葉も、書籍で読むよりその一口で理解した。

多幸感に包まれる上、何より食事という、ある種何度も繰り返して来て新しさを感じにくい領域に新たなスキルツリーが伸びた感覚があった。もっと知りたい、食べてみたい。

食事に数万円かけるという体験も、当時の私にはとても鮮烈だった。
何よりも、食事の為に身支度といった下準備をするという行為そのものが、非日常感を演出し、胸を躍らせる事に徐々に気づいていった。

店巡り・家での食事

程なくして彼が専門学校の友人と何件か店に足を運び、私と行ったお店以外の場所に籍を置いた事を聞いた。それからというもの、多忙な料理人生活が始まるわけだが、私は前回の食事体験に味を占め、彼と一緒にお店に料理を食べに行くという遊びを時折するようになった。

主に店選びは彼が行い、私は後ろについていく。わからない事はとりあえず彼に聞けばなんとかなる。幸い苦手な食べ物もアレルギーもなく、なおかつ酒に耐性があった私はラッキーだった。フレンチだけではなく、イタリアンや寿司屋にも足を運んだ。正直、繊細な味の違いなんてわかっていない。

一方でどの料理も手が込んでいて、驚くほど美味しい。その一点はいつだって確実だった。彼の店選びが功を奏し、食の成功体験を短期間で積み重ねられた。フットワークがより軽くなる。次はどんなお店だろうと期待に胸が膨らむ。

有難い事に、彼は仕事以外の時間も全て料理に充てる程の熱心さと探究心を持ち合わせていた。その為「お店に食事に行く」という遊びが、「彼が自宅で作った自作レシピの料理を食べる」という遊び方にゆっくりと変化していった。料理人はシフト制で前もって休みが把握できない為、ある種当然の流れだった。

「〇〇という珍しい食材が手に入った、今度うちに食べにこない?」
まるで専属の料理人のようだ。艶やかな文章ともに食事の誘いが届く。
大学の帰りに一人舌なめずりし、地下鉄で涎を垂らしながら足しげく彼の家に通った。

とはいえ一人暮らしの家のキッチンではコンロも火力も機材もまるで十分ではない。出来る事は限られている。だから何時間もかけて料理を仕上げるのだ。その間私は、彼の家でたわいもない会話をしたり、しなかったり。

じっと自分の作業をしながら、まるで気を遣う事なく、幾度も腹を空かせて完成を待った。私は何もしていないのに、第一線で勝負している人の料理を食わせてもらうのだ。手出しも口出しも職人の仕事には不要だ。おとなしく待つのが礼儀だ。差し入れも忘れずに。

今思えば、何故そこまで彼が私に料理を振る舞おうとしてくれるのか疑問だった。やはり私としては最初の食事体験が面白かったから、それ以降、彼の料理に関する熱意や知識をとことん信頼していた事が大きい。

後々彼に尋ねてみたが、専門学校の料理人の友人達は同じように休みなく働いている為、スケジュールがまるで合わず、疎遠になる人も多かったそうだ。料理業界の厳しい縦社会に揉まれ、辞めてしまった人も非常に多く、今現役で料理に携わっている友人は片手で数えるほどに減ってしまったとのことだ。

そんな中で、割といいお値段の外食へ気軽に誘ったり、自宅に招き入れて試作の料理を振る舞える相手が、消去法で私しかいなかったらしい。

つまり皮肉にも「美味しい料理を食べたい / 美味しい料理を作りたい」という無自覚な相互関係にあった。一見不思議だが、双方楽しんでいた事は確かだ

ジビエとの出会い

彼の冷蔵庫には立派な熟成魚やあまりお目にかからない白アスパラなどの野菜といった、一人暮らし用の冷蔵庫に似つかわしくない珍しさと量の食材が所狭しといつも並んでいる。

その中でも新聞紙に包まっている毛付きの鳥を見た時は、流石に「死体すぎる!」と思った。

彼は勤務先で食材を仕入れる際に、店長に前もって許可を貰い、業者に欲しい食材を個人発注していた。何を隠そう珍しい食材とはジビエだ。

説明を一部引用する。

ジビエとは狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味する言葉(フランス語)で、ヨーロッパでは貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化です。

その昔フランスなどでは、ジビエを使った料理は自分の領地で狩猟ができるような、上流階級の貴族の口にしか入らないほど貴重なものでした。

そのためフランス料理界では古くから高級食材として重宝され、高貴で特別な料理として愛され続けてきました。

山野を駆け巡り大空を舞った天然の肉は、脂肪が少なく引き締まり、栄養価も高い、まさに森からの贈り物。力強く生命力に溢れた冬季限定のごちそうです。

一般社団法人 日本ジビエ振興協会

フランス料理とジビエはセットのような関係性で身近らしい。野生鳥獣を仕留めて食肉とし、提供する食文化があった事を後から知った。

私からすれば特に予備知識もなく、また先入観もない。「フランス料理は美味しい」という至極幼稚な考えが肉付けされつつあったし、彼が作る料理なんだから少なくとも不味くはない、楽しく食べられるような妙な安心感もあった。

そうなるともうブレーキは不要である。不定期実施の食事会はジビエ料理を食べる時間に変わっていった。

鳩から始まり、鹿、猪はもちろん、雷鳥、ヤマシギ(べキャス)、変化球で穴熊やヌートリアまで様々な食材が彼の冷蔵庫に入る度、私は腹を空かせて家に向かう。無論食べた事のない食材ばかりだ。

これがまた楽しい。調理された料理は、調理前の原型をとどめていることもあったが、嗅いだ事のない甘美な肉の香りがそんな邪念を吹き飛ばす。

フレンチは食材に火を通した時に出る油やエキスをそのままワインとバターでソースにする事が多い為、野生味のあるジビエがソースの上品な味わいとの組み合わせで独特のエグ味を感じさせない。

こうして想定よりも食べやすい、ただ普通の料理とは明らかに違う、許容できる絶妙な塩梅のワイルドな味わいが、幾度となく私の舌を唸らせていく。

彼は毎度調理に時間がかかる事を詫びてくるが、こちらとしては必要な演出くらいにしか思っていない。二人でワインを開け、ジビエとの相性を確かめ合いながら感想を語らう。この時間が堪らないのである。

食というエッセンシャルな行為が何段階も昇華し、五感を鋭く刺激する上質なエンターテインメントに変わる。文字に起こすと若干高尚な印象さえ受けるが、彼が家でしか出来ない料理の実験に付き合わせて貰っているだけなのだ。完全なる受け身である。

こうして食材として野生鳥獣への興味も沸々と湧いてくる、興味の下地が出来上がった。

そんな最中、2020年に新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るった。
思わぬターニングポイントが外部要因として訪れたのだ。

店にも彼の家にも行けない日々が続く。
結果的にこれが無ければ私は猟師にならなかった。
その期間の話を次にしたい。

②に続く。

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