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地球の都合で料理を決める。フードロスに挑む新しい料理人の在り方

Fringe Explorer アンバサダーである北極冒険家の荻田泰永さんと前例のない未知へと踏み出し、独自のスタイルを探求しているExplorerが“未知への挑戦”をテーマに対談を行う本企画「Explorer Dialogure」。

今回ご登場いただいたのは、フレンチレストランOGINO ORGANIC RESTAURANTのオーナーシェフであり、全国の生産者さんから送られてくる規格外の食材をスローフードに仕立てて販売するターブルオギノでフードロス問題にも意欲的に取り組まれている荻野伸也さんです。

多忙な日々を送りながらも、自ら畑を耕し、狩猟も行うという荻野さん。そうした活動の背景にはどんな思いがあるのでしょうか。

※今回の取材はオンラインで実施しました

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「箱に入るか」その前提に疑問を持ったのが出発点

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オギタ:荻野さん、本日はよろしくお願いします。荻野さんとは「荻」つながりで親近感を持っていました(笑)。

荻野:ありがとうございます! たしかに「荻」同士ですね(笑)。

オギタ:「萩(はぎ)」とよく間違えられませんか?

荻野:ハギノさんってよく言われます(笑)。“荻あるある”ですね!

オギタ:荻野さんは池尻大橋でフレンチレストラン『OGINO ORGANIC RESTAURANT』を経営される一方、全国の生産者さんから送られてくる食材をスローフードに仕立てて販売する『ターブルオギノ』でフードロス問題に取り組まれています。そもそもターブルオギノを始めたきっかけは何だったのでしょう。

荻野:僕は2007年に独立して『OGINO ORGANIC RESTAURANT』をオープンしたのですが、そこで豚肉を使ったパテが好評だったんです。それを小売したいなと思っていたところ、人づてに国産の豚肉生産者さんをご紹介いただきお話を伺いました。

その生産者さんは豚を育てるだけでなく、豚の糞を堆肥にしたり、堆肥で野菜を作ったりと循環型農業をされていたんです。ところが、畑を見せていただくと隅の方に野菜が山のように捨てられていて、理由を伺うと「規格外だから売れない」とおっしゃるんですね。だから堆肥にして土に戻すのだと。

オギタ:規格外だと売れないものですか?

荻野:野菜は形や大きさに規格があって、そこから外れると箱に入らないんですよ。そうすると流通できないので売り物にならない。そのお話を聞いて、「箱に入るかどうか」で判断する前提が、はたして良いのだろうかと疑問に思ったんですよ。その規格外の野菜を、お惣菜にして販売すれば無駄にしなくて済むんじゃないかと思ったのです。

オギタ:それがターブルオギノの出発点だったんですね。最初は札幌で出店されたんですよね。

荻野:ええ。近隣の農家さんにお声がけして、札幌に店舗をオープンしました。札幌の店舗は最近になって閉めましたが、現在は東京や神奈川のほか、通販でもスローフード販売を行っています。

ターブルオギノ店舗

(※ターブルオギノの店舗の様子)

オギタ:さらりとおっしゃいますが、レストランとはまた違った業態への挑戦は大変だったのではないですか。

荻野:いやもう、大変でしたね。札幌でターブルオギノの前身となる惣菜店をデパ地下で始めたとき、言われた言葉が「荻野はゴミで商売するんだね」だったんです。これはショックでしたね。今でこそフードロスが注目されていますが、当時はまだゴミという認識だったんです。

オギタ:規格外の野菜などを使う時に、どうやって料理のメニューを決めるのですか?

荻野:送られてきたものを見てから決める形ですね。作るものを決めてから、必要な材料を発注するのが、通常の料理人のやり方だと思うのですが、野菜には旬があったりするので、畑の都合で送られてきたものを見て料理を考えます。ある時、トマトが300キロ送られてきたときは、さすがにどうしようかなと思いましたね(笑)。

オギタ:誰もが目を向けなかったことに、目を向け価値を見出す。まさに、未知への挑戦ですね。周囲からの理解がない中でも、心は折れなかったわけですよね。

荻野:むしろ火がつきましたね!(笑) 否定されると燃えるタイプなんですよ。

自分の手で主体性を生み出す

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オギタ:2007年に独立して『OGINO ORGANIC RESTAURANT』をオープンされたのですよね。どんな戦略で臨まれたのですか?

荻野:東京の飲食店はもう飽和状態なんです。オープンしても最初はメディアが紹介してくれますが、2~3年もすると飽きられてしまいます。そこで考えたのが、とにかくニッチなところを攻めようということです。そして、野生の肉、ジビエを中心にしたお店を始めました。

オギタ:その狙いは当たりましたか?

荻野:いえ、ぜんぜんダメでしたね(笑)。最初の3ヶ月間は本当にお客さまが少なくて、不安な日々が続きました。だんだんと「おもしろいことをやっているお店」としてメディアでも紹介されるようになり、そこからお客さまも増えていきました。

オギタ:その最初の3ヶ月間は長く感じたでしょう。方向転換をしようとは思わなかったですか?

荻野:思わなかったです。結局、覚悟を決めるかどうかだと思うんです。最後まで貫いて、それでもダメならもうスパッとやめるつもりでいました。荻田さんもそうじゃないですか? 極地の冒険はかなりの覚悟がないとできないと思います。北極や極地の魅力ってどんなところなんでしょうか?

オギタ:極地の冒険はやっている人が少ないから、情報が少ないし、やり方も確立されていません。それが面白いところなんです。全部、自分の足で調べないといけないし、必要な道具も作る必要があります。

荻野:既存の道具だけではダメなんですか?

オギタ:既存の優秀な道具もありますが、誰かがつくったものに完全に頼り切ることはやりたくないんです。自分の皮膚のたった一枚上の領域から先を、他人の主体性に委ねてしまうのはリスクです。自分のアイデアを具現化した道具や装備を使うこと、その余地があるのが冒険の魅力だと思いますね。

荻野:すごく共感しますね。僕が料理の世界を目指したのも、自分の手で主体性を生み出したいって感覚からですね。僕ら世代って生まれたときから何不自由なくものがありましたよね。

だけど、振り返るとそんな自分自身は何もできない。僕は自分の手を動かすことで何かを生み出したかったんです。そんな折、テレビで『料理の鉄人』を見て、料理だと思ったんです。

オギタ:与えられることに慣れてしまって、いざ、自分の手元を見た時になにもないことに、苛立ちを覚えたのは私も同じですね。私の場合は、そのエネルギーを、たまたま北極にぶつけることになって、もう20年間も冒険しています。

分業を越えて全体感をつかむ経験が想像力を高める

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オギタ:荻野さんは自ら狩猟もされるそうですね。

荻野:はい。生き物が食べ物になる実感を持つためには、それが一番だろうと思って、鉄砲の免許も取りました。友人のハンターに習って解体もできるようになりました。他に畑もやっています。

オギタ:その経験は、料理人としての感性にどんな影響を与えましたか?

荻野:僕ら世代の料理人は特にそうなんですが、作りたいメニューがあったらその食材を発注して、届いたら調理するのが一般的な仕事です。でも、それは、スタート(食物が生まれる)からゴール(人間が消費する)まであるとすると、ゴールに一番近い、ごく一部分なんです。

狩猟をして、生き物が食べ物になる瞬間を経験して、はじめて食物ができるまでの上流の工程に、想像力が持てるようになりました。

オギタ:興味深いですね。荻野さんのされていることは「始末をつける」ことだと思います。始末とは始まりと終わり。生き物が食べ物になるところから始まり、いろいろなプロセスを経て人の体に入って終わりを迎える。

今の社会は、分業されていることがほとんどなので、始まりから終わりまでの全体感をつかむ経験が、とても少なくなってきています。冒険も同じで、冒険の始まりから終わりまでを、自分で経験することで、はじめて冒険への想像力が高まっていきます。

荻野:僕も同じ想いです。フードロス問題については、それまでも取り組んできたつもりでしたが、やはり実感が伴っていませんでした。食材を無駄にするのは良くないねと言いつつ、その食材がどう生まれるのかを知らなかったわけですから。

オギタ:身体性を伴った経験こそが主体性につながるということですね。それは料理も冒険も同じですね。人には「わざわざやらなくてもわかるでしょ」と言われることもありますが、やらないとわからないことは確かにあります。

食の根源を求めて川上へ

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オギタ:ところで、いま新型コロナウイルス感染症が拡大しており、あらゆる業界が変化を迫られています。荻野さんは“食べる”という行為の意味が、これを契機に変わると思われますか?

荻野:確実に変わるでしょうね。僕がコロナ前からフードロスの取り組みで主張し続けてきたのが、「皆さん料理をしてください」ということなんです。料理をすれば、食材がどう作られているのか知りたくなります。

皆が料理をするようになったらレストランの仕事がなくなりませんかと言われることもありますが、それでいいんです。

僕たちは、皆さんが家庭で作る料理のさらにその上を行けるよう自己研鑽しますから。僕はこれまでに料理本を何冊も執筆しました。それは皆さんに、もっと料理をしてほしいからです。料理をすることで、食べること、そして生きることを考えてほしいのです。

オギタ:今後、料理人の在り方はどうなっていくとお考えですか?

荻野:極端はことをいうと、レストラン=料理人というスタイルは2010年代で終わり、2020年代は新しい料理人のスタイルが求められていくと思います。たとえば、料理人がもっている食材保存の技術や知識を、生産者の方に還元していくなど。

料理人がもっているスキルのうち、レストランで使っているのは20%~30%ぐらいだと思っています。自分の得意分野を生かして、レストラン以外で、料理人のスキルを活用していく道は、たくさんあると思います。

僕自身も、レストランという現場よりも、生産や物流といった領域に、どんどん関わっていき、食の根源をもっと探求していきたいですね。

「好奇心の先っぽ」から越境していく

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オギタ:最後に、今回の対談のテーマについて荻野さんにお聞きします。荻野さんにとって“未知への挑戦”とは何でしょうか。

荻野:「好奇心の先っぽ」です。若い頃の僕は、料理人として何も知りませんでした。漬物がなぜ漬物になるのか、じゃがいもの旬はいつなのか、そういうことも知らなかったんです。与えられることに慣れていたので、分からないことが多すぎたのです。

じゃあ、どうするかと考えたときに、自分で経験するしかないと思って、さまざまなことにトライしてきました。「好奇心の先っぽ」を敏感にして、自分が知らない領域へ越境していくこと、それが未知への挑戦だと思います。

オギタ:おっしゃる通りです。思えば僕も、北極が心に響いて未知に挑戦することを決めました。それこそが僕にとっての「好奇心の先っぽ」だったのだと思います。本日はありがとうございました。