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眠れぬ夜
小さいころからくよくよする性格で「逆上がりが出来ない」と夜中に泣いて母に慰められやっと寝付く、といった子だった。そんな私にとって「高校入試」はまさに大関門、もし失敗したら、と考えるとそれだけで冷や汗が出た。
中学生のころのわたしは記憶力がよく、教科書の内容は丸暗記できたから
いつもテストの点が良かった。それが皆からやっかいな役員をおしつけられ、仲間外れにされる原因にもなっていたのだが。それでも孤独だった私にとって、良い成績をとる、ということが自分を支える唯一の柱で、追い立てられるように勉強勉強の日々を過ごした。
入試が近づくにつれ憂鬱さは増し、また今夜も眠れない、と思うと夜が来るのが怖かった。入試前夜は予想通り、全く眠くならず絶望感に押しつぶされそうで、ついに母を起こして救いをもとめた。母は箪笥の一番上の小引き出しから、錠剤を取り出し、私の手に握らせながら言った。
「これは、睡眠薬よ。よく眠れるからのんでごらん。朝はちゃんと起こすから安心してね」
午前3時、それでやっと眠りにつくことができた。
試験当日は、がちがちに緊張し、数学の問題で大勘違いをしてしまった。解答欄に書くはずの展開図を、解答用紙の裏に書いてしまったのだ。その
失敗の記憶が渦を巻いて、発表日まで私を苦しめた。
担任の先生が結果を見に行ってくれ
「合格してたよ、おめでとう」
と言ってくれたとき、まさに天にも昇る気持ちだった。嬉しさが爆発してじっと座っていることが出来ず、ジャンプしてまわりを驚かせた。
受験前夜に母がくれたのは、きっとただのビタミン剤か胃腸薬だったのだろう。慎重な母が15歳の娘に睡眠薬をくれた、とは信じがたいから。
何十年もたちそれが分かった今でも、眠れない夜を迎えるたび、母が手渡してくれたあの日の「睡眠薬」が飲みたくなる。
こんなことを書いたら
「相変わらず心配性ねぇ」と天国の母は笑うだろうか。
眠れぬ夜母の眠剤ほしいなり胃腸薬だと悟りし今も
ねむれぬよははのみんざいほしいなりいちょうやくだとさとりしいまも
おわり
山根あきらさんの企画に参加させてください。ぎりぎりですね。
作中に和歌が含まれている物語、シリアス版です。😊
山根さんお世話をおかけしますがよろしくお願いいたします。
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