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さいかい

マンションの入口を出て右手、併設されてるコインパーキング。

停まっている。久しぶりだがすぐ思い出す。
黒のワンボックス。

慣れた手つきで後部座席の扉をスライドさせる。
この車の助手席に乗ったことは、無い。

「ほんとに来たね」

半ば強引に呼び出したんじゃないか、と思うが言えない。
誘いに応じることに決めたのは自分だ。

「行くって言っちゃったからね」

とはいえ、さほど後悔しているわけでもない。
あんなに拒否し続けていた誘いさえも
受け入れると決めてしまえばいとも簡単に
期待感が罪悪感を飛び越えた。

それも、ひどく軽快に。


「わたしはちゃんと我慢してたのに…」

この気持ちが根底にあることは、パートナーの
不実が発覚した時点で明白だった。

遅かれ早かれこういうことは起きていたのかもしれない。

元々隠し事はしない間柄だった。
それが良し悪しだとは分かっているつもりだったが
今回は完全に“悪し”と出た。

問い詰めるまでもなく、最初の質問で白状した。
嘘をつくのが下手では決して無い。
中途半端に誠実であろうとするのか、
嘘をつくのが面倒くさいのか。

とにかくその“裏切行為”が発覚した時
まずわたしの頭に浮かんだ言葉は

「わたしはちゃんと我慢してたのに…」

だったのだ。ハッとした。

結局、まだ自由を、以前のような生活を望んでいたのか。


縁というのかタイミングというのか、不思議なことはある。

ワンボックスの男から電話がかかってきたのは
パートナーの中途半端な誠実を浴びた、まさにその夜だった。


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