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【谷根千迷宮 古書キタン(仮)】_05
(続き)
第五章:淫靡な儀式
意識が深い闇へと溶けていく中で、私の耳に奥早稲田文子の声が蘇った。
「これは浄化の儀式よ。心も体も、全てが清められる...」
その言葉が、まるで毒を含んだ蜜のように、私の意識を侵していく。
目を開けた時、私を取り巻いていたのは、生温かい空気と岩壁の匂い。周囲には幾つもの提灯が揺らめき、その光は不規則な影を壁に映し出していた。
「ここは...」
声を絞り出そうとしても、喉から漏れるのは掠れた吐息だけ。体が重く、まるで鉛を流し込まれたかのよう。先ほど飲まされた液体の効果なのか、感覚が普段とは違っていた。
周囲には白い衣を身にまとった男女が横たわっている。
彼らの吐息が、不規則なリズムを刻んでいた。
その時、洞窟の奥から足音が近づいてきた。
「目覚めたようですね」
闇から浮かび上がったのは、神宮寺の姿。しかし、それは私の知る彼とは違っていた。瞳に宿る慈愛の色は消え、代わりに底知れぬ欲望の炎が燃えていた。
「ここは谷根千の地下に眠る古い祭場」彼は静かに告げた。
「かつて、この地の豊穣を願う特別な儀式が行われていた場所です」
私の背筋を悪寒が走る。
しかし同時に、体の奥底から熱い渦が立ち昇ってくるのを感じた。
「あなたには、大切な役目を果たしていただきます」
神宮寺の手が私に触れた瞬間、記憶の断片が閃光のように蘇る。
血に染まった部屋。倒れ伏す人影。そして私の手に握られた刃物―。
「いいえ...」
抵抗しようとする私の意志とは裏腹に、体は熱く疼きはじめていた。
「抗っても無駄です」神宮寺の声が耳元で囁く。
「あの薬は、あなたの本能を解放する。そして、真実を思い出させる」
彼の手が私の衣を解いていく。恐怖と期待が入り混じった感覚に、私は戸惑いを覚えた。
そして、新たな記憶の断片が蘇る。
私がここに来た本当の理由。 奥早稲田文子との密約。
そして、封印された過去の真実。
全ては仕組まれていた。
私は操られ、この場所へと導かれた。
しかし、それは本当に奥早稲田文子の策略だけだったのか?
「さあ、始めましょう」
神宮寺の声が響き渡る。周囲に横たわっていた男女が、ゆっくりと動き始めた。彼らの肌が月明かりに照らされ、妖しく輝いている。
私の意識は、再び靄がかかり始めた。しかし今度は、完全な闇ではない。
むしろ、全ての感覚が研ぎ澄まされていくような感覚。
恐怖は次第に快感へと変わり、抵抗する意志は蕩けていく。
神宮寺の手が私の肌を這うたび、電流のような快感が走る。
その感覚は、かつて経験したことのない強さで、私の理性を溶かしていった。
「受け入れるのです」彼の声が響く。
「この儀式で、あなたの罪は清められる」
私の口から漏れる声は、もはや悲鳴なのか歓喜の声なのか、判別がつかない。
ただ、確かなことが一つあった。
私はもう、この淫靡な儀式から逃れることはできない。
そして、それは私の運命だったのかもしれない。
意識が再び深い闇へと沈んでいく中で、私は悟った。 これが、私の選んだ贖罪の道なのだと―。
(続く)
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