道草晴子さんと坂口恭平さんとさかなクン、好きなことで生き生きしている人に立て続けに接触したせいで完全にアテられている退職有休消化中、4週目。
今週は、3名もの「生き生き、のびのび、好きなことを活かしている人」に接触(一方的見聞)した。
そういうモードで選んだわけでもなく、たまたまである。たまたまだからこそ、「何かのお告げ?」と思って、妙にきになった。
それによって、ああ私には何もないんだなあ・特技もないし・人より好きなこともないし・根気もないし・なんもない、と思ってちょっと落ち込んだ。
でも、気づくことも多くて、アテられてよかったのかもしれない。やはりお告げ、啓示か。
一方的見聞の対象の方々とその啓示について。
その1
道草晴子さん
『みちくさ日記』『よりみち日記』の著者の漫画家さんである。エッセイ漫画とでもいおうか、生い立ちや経験を漫画にされている。
独立系書店のInstagramで、『完本・みちくさ日記』という本が発刊された投稿をよくみかけ、気になって読んでみた。
壮絶な日々が描かれているが、下北沢などよく知っている街やお店がでてきて、自分も当時なすおやじに行っていたこともあって、(ああ・あのときもいたのかな)、とか想いを馳せた。
しかし、道草晴子さんも40歳。私も40歳。同い年なのに、なんて違うんだろうか。
なんでこんなに違う人生なんだろう。
才能の差も、人とのコミュニケーションの差もすごくて、"アテられ"た。
ご苦労も多そうだし波瀾万丈な人生を歩まれているけれど、道草さんには、漫画というセンス・才能・技術と、誰とでも不器用ながらも親しくなり結果相手に受けて入れてもらいどんな人とも仲良くなれるコミュニケーション力がある。
いろんな感情を持ったけど、最終的には「うらやましい」と思っていることに気がついた。打ち込める好きなことと、優しい仲間たち、かあ。なんか、いいな、うらやましい。
私はこんなに苦労はしてないけど、道草さんが持っているものももっていない。
それに気がついて、私の40年は一体どんなものだったんだろうか、って、読後にちょっと悲しい放心状態になった。
その2
坂口恭平氏
『生きのびるための事務』という漫画を読んだ。知り合いに面白いよと勧められたのだ。
事務?事務はいっぱいやってきた。もう仕事にはしたくない。
と思っているので、タイトル見たときに眉間にしわがよった。
働きたくないしみんなと同じことがしたくない、じゃあ10年後何をしてどうなっていたいか、ということを設計(事務的処理)していく内容だったが、その内容が明確で、そのためにすることも明確で、こうやって人生を設計していくんだなと思う反面、好きなことだけをやって生きていくその計画を「うらやましく」おもった。
果たして自分には10年後に対してこんなビジョンがあるろうか……、いや、ない。
なかったから、今までこんな感じできてしまったのだ。働き者でもないのに仕事が中心の毎日で、やれることを選択してきただけだし、できるから業務量が増えて忙しくなって疲れる、を繰り返している。
著者は23歳ごろのときに、10年後の自分を想像して設計している。33歳ごろの自分のイメージをつくっている。
あれ、私もう40じゃん、過ぎてるな・・。
いまから10年後を設計してみようかな、すきなことだけやっている10年後なんて、いまから間に合うかな、間に合うよね、きっと。
坂口恭平氏なら「間に合うよ、やってみなよ」と言いそうだ。
読んでから、道草晴子さんが絵を描いていると気づいて驚いた。
これも何かの縁なんだろう。
その3
さかなクンさん
さかなクンさんの本が原作の『さかなのこ』という映画をNetflixでみた。
主演は、のん、さんだ。
ヒューマン系の映画、特に邦画はあまり得意ではないのだけど、この映画は本当によかった。2023年の今のところNo.1である。
さかなクン(ミー坊)の半生と周囲との交流が描かれていたが、ミー坊は小さい頃から素直で可愛いし、成長しても素敵な人で、同級生との会話も面白い。
"ちょっと変わっているけど周りがいつの間にかそのペースにのまれて次第に受け入れて親しくなっていく様"は観ていて心地よかった。
みんなが何の気なしにまっすぐに歩けてしまう道を、さかなクンは右にいったり左にいったりしながらも、ちゃんと自分のやりたいことに繋がるまっすぐの白線の上にまた自分の力で戻ってくるのだ。よかった。
明るいシーンばかりなのに、どのシーンも涙がちょちょぎれた。
リンクを探すためにみた公式サイトを見ても、ちょっと泣けそうになった。
さかなクンさんのことは、前からとてもすきだった。まっすぐで誠実な人柄がみてとれるし、柔らかい口調や目線にも癒される。柔らかくも発言は学術的で澱みがなくわからないことがない(あるのだろうけどそのときそのときの適切なことをきちんと伝えている)会話力や滲み出る頭の良さも好きだったけど、映画を観てもっと好きになった。実際に会えたら、ちゃんとこの気持ちを伝えたい。
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"ちょっと変わっているけど周りがいつの間にかそのペースにのまれて次第に受け入れて親しくなっていく"
"みんなが何の気なしにまっすぐに歩けてしまう道を、右にいったり左にいったりしながらも、ちゃんと自分のやりたいことに繋がるまっすぐの白線の上にまた自分の力で戻ってくる"
って、さかなクンも道草晴子さんも、同じだなと気づいた。もしかしたら、坂口恭平さんも同じかもしれない。
どのひとも、自分の好きなこと(そんな大きなことじゃなくても、本人にとっては大事なこと)があって、それを人生の最優先においているようにみえる。
普通だったら、年収とか安定とか出世とか自己顕示欲とかが優先されてしまうところ、そういうことと離れてもちゃんと生きていくことはできて、それで満足できるんだ、ということを教えてもらった。
私は(私たちは)正解の道を歩こうとしすぎている。一直線にいこうとしすぎている。間違っても、損しても、時間がかかってもいいじゃない。なんでそれを受け入れられないのだろう。みんな同じ24時間を生きてるのに、この余白の量や充実感の違いはなんなんだろう。
そして、余白のないつまらない自分と比べてしまって、アテられてしまったのだ。
やっぱり何か特別な(ように見える個性的な)人って、ちょっと違うんだよなあ。行動とか思考とか人生とかが。いいなあ、羨ましいなあ。
個性的で魅力的で素直な人間になりたい。