【短篇小説】神楽坂ルミのワンダフル☆デイズ#1【ショートストーリー】
僕は神楽坂ルミの秘密を知っている。
それは僕のクラスの担任である高田先生と良からぬ関係を持っているのではないか、ということだ。
先日、歌舞伎町の映画館に『ツッパレ!ガリガリ君』という誰もが認めるB級クソ映画を観に行った帰りに、神楽坂ルミと高田先生が一緒に歩いているのを見てしまったのだ。
2人は真剣な表情で何かを話し合いながら、歌舞伎町の喧噪の中を歩いていた。それを遠目に見た僕は、見ちゃいけないものを見たような気がして怖くなり、逃げるようにして帰路についた。
だからあの時2人がどの建物へ入ったのか、どこへ向かっていたのかはわからない。
しかしあの夜の時間帯であったこと、場所が歌舞伎町であったことなど、いろいろな要素を含めて考えると、どうしても良くない方向へ頭が働いてしまう。
最近、パパ活ってヤツが流行ってるらしいからな。でもするか?仮にも教員が生徒とそんなこと……。
そんなことを考えてぼんやりしていると、周囲からの視線を感じて僕は我に返った。
「おーい赤坂、聞いてるのか?問題の答えがわからないからってそんな怖い顔で俺を睨みつけないでくれよ」
高田先生は白い歯を見せてニッと笑った。もう定年も近い歳で白髪が目立つが、これでもかというほどに日焼けしているのと、筋骨隆々なのもあって実年齢よりは若く見える。
「あっ、すいません」
教室になんともいえない空気が漂う。最悪だ。僕は出来るだけ目立ちたくないんだ。
白けた雰囲気の中、離れた席から神楽坂ルミが大きな瞳で僕の方をじっと観察しているのが見えた。
神楽坂ルミは変人だった。
新学期の自己紹介の時に「普通の人間には興味ありません」という、どこかで聞いたことのあるような台詞を言っちゃうような奴だ。出来ればあまり関わり合いにはなりたくない。
しかし、それは初めから叶わない願望だった。
神楽坂ルミは、僕の家の真隣に住んでいる。
時は遡り、あれは忘れもしない桜の花びら舞い散る季節……。埼玉の小学校を卒業した僕は、中学受験で合格した都内の学校に進学することになっていた。それと父親の転勤が上手い具合に重なったこともあり、ちょうど良いタイミングだということで僕たち家族は都内の某所に引っ越しをした。
そしてその引っ越し後のご近所の挨拶回り中に、僕は神楽坂ルミとの邂逅を果たすことになる。
「ケンちゃん、お母さん達ちょっと居間で神楽坂さんと話してくるから。ルミちゃん遊んでくれるっていうから、仲良くするのよ」
神楽坂家のとある六畳間一室に、僕と少女だけが取り残された。少女は虹色のヘアバンダナを頭に巻いて、おでこを出していた。とても大きい目をしていて、正面から見ると自分が吸い込まれそうな気がした。
「あ、初めまして。春から隣に越してきた赤坂謙です。」
「はじめまして、神楽坂ルミです。通う学校が同じみたいね、今後よろしく。突然で悪いけど携帯の待ち受け画面を見せてくれない?」
神楽坂ルミはいきなり息もつかせぬ早口でそう言った。
「は、はぁ……別に良いけど……なんで?」
こいつ、顔立ちは整ってるけど、もしかして中身が相当おかしな奴なんじゃ……。
残念ながら、次の神楽坂ルミの一言で僕の懸念は確信に変わった。
「誤解しないで欲しいんだけど、男女問わず携帯の待ち受け画面を韓流アイドルにしている人間は基本的に信用しないというのがわたしの信条なの」
いや、その発言はあらぬ誤解しか生まないと思うよ?
しかし初対面の相手にそう指摘するのもなんだか面倒臭かったので、僕は仕方なく携帯の待ち受け画面を神楽坂ルミに見せた。
「別に普通だよ?何の主張性もない。至って健全だ」
神楽坂ルミは大きな目で僕の携帯の画面をじっと見つめると、徐々に険しい顔つきになっていった。
「…………。アンタ、これ……本気で言ってるの?この海原でクジラが潮を吹いている画像……明らかに卑猥なモノを連想させようとしてるわよね?」
僕は思わず口をあんぐり開けてしまった。
「は?」
「まったく、新手のセクハラかしら。最近の草食系はこれだから……溜まった欲望を発散出来ずにいるからこういう間接的な形で表出されるんだわ」
「いや、何言ってるかよくわかんねーよ!よくわかんねーけどスゲー失礼なことを言ってるのだけはわかったわ!」
思わず反射的にエクスクラメーションマーク多めの反駁をしてしまった。そう、神楽坂ルミとのエクスクラメーションマーク多めの会話はここから始まったのだった。
ラブコメ漫画好きの僕は思うのだが、こういうのってもっと甘酸っぱくてキュンキュンする展開になるのがセオリーというか、定石じゃないのだろうか?
家が真隣な上に、自分の部屋の窓と神楽坂ルミの部屋の窓が向かい合わせに位置しているというラブコメ漫画における古典的かつ王道シチュエーションが用意されているというのに、全然胸の鼓動が高鳴らない。
しかし、それも仕方ないのだ。神楽坂ルミという女は常識という概念が通用しない。それはこの2年間で痛いほど身に染みてわかったことだ。奇々怪々な行動をするのが常態化しているので、もう突飛な言動や行動に驚くこともない。
幸か不幸か、中学3年生になる今年まではクラスが同じになることはなかったので、神楽坂ルミとは学校ではそれほど関わりを持たず、というか僕が出来るだけ学校では関わらないように、と牽制していたので、ある程度は一定の距離を保てていた。
しかし、今年はクラスが同じになったということもあり、そう上手く事は運ばず……。
1学期が終了した日の夜、僕は神楽坂ルミに呼び出された。呼び出されたというか、僕の部屋の窓に何かがゴンゴンと当たっているなぁ、と思ってカーテンを開けたら向かい側に面した部屋の窓からパジャマ姿の神楽坂ルミが鼻をチンして丸めたティッシュを大きく振りかぶってこちらの窓に投げつけているところだった。
チーン。ゴン。チーン。ゴン。……いや、ゴンって何だよ。よく考えたら鼻かんだだけのティッシュがそんな質量を伴うわけないだろ。
僕は窓を開けた。
「っていうかまずゴミを僕の部屋の窓に向かって投げつけるな!僕の家のテリトリーに落下してんだろうが!」
「あっ、やっと気付いた」
神楽坂ルミは相変わらず虹色のヘアバンダナを巻いておでこを出していた。
こう見えても、神楽坂ルミは学校ではクラスの中心的存在である。このタイプは絶対嘲笑や揶揄の対象だろう、もしいじめられでもしたら面倒を見てやろうと思っていたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
神楽坂ルミはもちろん浮いてはいるのだが、謎のカリスマ性があるようだった。リーダーシップを遺憾なく発揮し、彼女の信者的存在も増え、なんだかカルト宗教みたいになっている。
僕のクラスには4つの派閥があって、神楽坂ルミ率いるバラエティに富んだ個性豊かなグループ、浜松ミキ率いる温和な女子グループ、有原洋平率いる元気な男児グループ、服部寛司率いるオシャレなメンズグループに分かれている。まあ僕はその何処にも属さず、教室の隅に追いやられている無所属なのだが。
神楽坂ルミは窓から身を乗り出していつものようにワケのわからないことを言った。
「夏休み明けの文化祭で、伝説に残るようなことやりたいの。協力してくれない?」
「悪いけど、僕は平穏な学生生活を送りたいんだって前も言ったよな。学校では極力関わらないっていう約束だろ?その約束を守ってもらうためにハーゲンダッツとカントリーマアムとハッピーターンを奢ったよな?ハッピーターンなんてアレ何袋やったっけ……まあいいや、陰ながら応援だけはさせてもらうよ」
「いいえ、ダメです。これまではクラスが違ったから見逃してきたけど、わたしの家の隣に助手として利用出来る人間がいるのよ。これを使わない手はないでしょ?魅力的な主人公には魅力的な相棒が必要不可欠なのよ」
ああ、なんか良くないなぁ。良くない流れを感じる。なんだか話がメタフィクション的な方向に向かっているぞ……。
「そもそもアンタ、このわたしの隣に住んでいる存在にしてはちょっと冴えなさすぎるわよね。クラスでも存在感がなさすぎるし。もうちょっとキャラクター像を練り直した方が良いんじゃない?この作品自体もなんだかパッとしないわよね。まず冒頭の『僕は神楽坂ルミの秘密を知っている。』っていう書き出しだけど、これも出だしのフレーズとしては凡庸過ぎて読者を惹き付けるにはイマイチね。『僕は神楽坂ルミが履くパンティーの色を曜日毎に把握している。』とかにしてインパクト出さないと。いくら時代的に規制が厳しくなったとはいえ結局どこかにエロを入れ込まないと味が出ないってモンよ。男なんて基本みんなエロ猿なんだし、女だってたまには刺激がなきゃ退屈でしょう。逆に何の説明もナシにいきなり『赤、赤、黒、水色、白、黒、紫…………』とだけ書いて読者の想像を掻き立てるのも良いかもね」
どうして僕は勝手に変態にされているんだ?そして別に知りたくもない神楽坂ルミの下着の色ルーティーンを知ってしまった。
「誰が興味あるか、そんなもん」
「アンタいつもわたしの肉体を物欲しそうに凝視してる癖に」
「よく恥ずかしげもなくそんなことを真顔で言えるな。羞恥心って概念がないのか?」
「わたしは毎日己の肉体を鍛え上げてるもの。羨望と欲情の対象になるのは当たり前じゃない」
相変わらず言っていることがざっくりとしたニュアンスでしか伝わってこないが、確かに神楽坂ルミは端正な顔立ちをしている方だし、容貌だけで言うなら美少女という区分になるのだろう。あまり認めたくないがスタイルも良い。一部のもの好きな男子からは好意を寄せられているという噂もある。美人と形容出来なくもない。あくまで口を開かなければ、の話だが。
「口を開かなければ美人とか喋らなければイケメンとかよく言うけどさぁ、なんで精神と肉体を分離させるワケ?人間っていうのは総合的に見なきゃダメよ、そんなこと言うのは顔面の価値を至上に位置づけているという浅薄な人間性を晒してるだけじゃない?」
「おい、勝手に僕の心を読むな!地の文まで介入してくるなよ!なんでテレパシー能力まで付与されてんだ!キャラ属性詰め込みすぎだろ!」
「だってしょうがないじゃない、わたしはこの物語の作者からストーリーの展開やキャラクターの性格まで、全てを自由自在に操作出来る全知全能の権利を与えられているもの」
「何でもありじゃねーか!究極のメタフィクションだな」
「それに先日わたしが歌舞伎町を高田先生と一緒に歩いていたのはあなたが考えているような『いかがわしいパパ活』をしていたからじゃない。近頃わたしのママがホスト狂いになって、散財が酷いからそれを止めるために先生に協力してもらったのよ」
「えっ?」
「収拾がつくまでにだいぶ時間はかかっちゃったけどね。先生がいくら説得してもママが聞く耳持たなくて。だから最終手段としてホストクラブの部屋を一旦真っ暗にしたワケね。そんで暗闇に目を暗順応させてから、高田先生のあの白く輝く歯をキラリと光らせることによってホストの目を眩ませ、その隙に殴……まあ色々やって、ママは目が覚めたみたい。先生の説得のおかげでホスト依存から脱け出すことが出来た。」
えっ、冒頭の神楽坂ルミの秘密ってここで明かされるの!?いや、こういうのってもっとこう……なんかストーリーが進むにつれて複雑な伏線とかが回収されていって徐々に明らかになっていくモンじゃないの!?
「残念ながらこの物語の作者にそんな技量はないわ」
いや、そういう問題!?そしてなんかもう当然のように地の文と直接会話してるよね!?
「まあわたしの口からダイレクトに説明させるのが一番簡単かつ無難だと判断したみたいね。悪くない判断だわ。どうせ大層なストーリー展開なんか出来やしないんだから、この作者は」
「もういちいちツッコミを入れるのも野暮に思えてきたよ」
「いい?コメディー作品っていうのは、それを受け取る側が理解出来る範囲であれば何をやっても良いっていうのが最大のメリットなのよ。作品というフィクションの世界を飛び越えて読者に直接語りかけてもいいし、話の構成を考えるのが面倒臭くなったら主人公に超能力を与えて未解決の伏線を強引に回収しても良い。最悪行き詰まったら夢オチで片付けられるし。コメディーにストーリーとしての精緻さは不要よ。現にこの作品の筆者ぐらい能が無くても力業で押し切れるもの」
いやそんなことねーよ!?すべての創作者の名誉のために言っておくが、これは完全に暴論です。申し訳ない、愚昧な暴論を掲げるこの物語の筆者に代わって僕が非礼を詫びておく。
「といっても、大体中高男子校出身の人間が共学校の日常風景を描写しようなんて無理があるわよね。そりゃリアル感のあるもの書けないわよ、独りよがりにもなってこういうメタフィクションコメディー路線に切り替えざるを得ないわよ。そもそもこんな口調で喋る女子中学生なんてアンタ現実で見たことある?レビュー欄だかコメント欄に『女主人公のキャラ造形が涼宮ハ○ヒのパクリ』とか書かれて一蹴されて終わりよアンタ、わたしは一生某アニメの類似キャラクター止まりよ。わたしだってホントはこんな芝居がかった口調で喋りたくないわよ。でもまあ一応わたしの本棚には『涼宮ハ○ヒ』がある設定だからね」
もうやめてあげてくれ。っていうかこの作品の筆者はどういう心境で今これを書いてるんだよ。
「とは言っても、わたしだって唯一無二の存在よ。誰一人同じ人間なんて存在しないんだから。この物語はわたしがどれだけオリジナリティーを発揮出来るかに懸かってる。だから面白いことなら何だってやるわよ。なんならこの作品の副題に【面白スギ注意報】を足したっていい。【神楽坂ルミのワンダフル☆デイズ~面白スギ注意報、本日腹筋荒れ模様~】みたいにね」
ダサすぎる……。
「ずいぶんな自信だな」
「もちろん。アンタもいることだしね」
「いや、僕は……」
「とりあえず今のところ決定してるのは文化祭にゲストで芸人の『裏筋ぴんく』さん呼ぶってことぐらいかな。知ってる?『裏筋ぴんく』さん。今はまだ無名に近いけど、空想猥談師として今後破竹の勢いでブレイクする気がするのよね。あと文化祭がどれだけ盛り上がるかはアンタの協力次第。だから次回の話までにアンタは圧倒的な変貌を遂げてなさい。さもないとわたしの股にインサート済みのバナナを口に突っ込んで窒息させるわよ」
もう滅茶苦茶だよ。このnoteという比較的健全な場所でこんな滅茶苦茶な台詞を言う女主人公(中3)が存在していいのか?中3という年齢設定もどうかしてるだろ。
いくら表現の自由が約束されているとはいえ、流石にこんな創作物がインターネット上に悠然と公開されている国家はこの先の衰退が危ぶまれるのではないかと感じてしまう。
「アンタがこの国の行く先を憂いてもどうにもならないわよ」
「はいはい、もうわかったよ。もう疲れたから今日は寝る。おやすみ」
僕は勢いよく窓を閉めて、そのままベッドに潜り込んだ。
薄々予感はしていたが、やはり僕の願いとは裏腹にこのまま平穏無事に学生生活を終えることは出来ないらしい。
はてさて、この先どうなることやら。
つづく(?)
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