【短篇小説】神楽坂ルミのワンダフル☆デイズ#2【ショートストーリー】
「ということで近所のファミレスに来ているわけだけれども」
「唐突に始まったなぁオイ」
僕の対面に座っている神楽坂ルミはストローでマンゴートロピカルティーなるものをちゅうちゅう吸っている。
「しょうがないじゃない、前回のお話から2ヶ月ほど経ってるにも関わらずこの物語の作者が全然続きを更新しようとしないんだもの、そりゃこういう始まり方にもなるわよ」
「いきなり虚構と現実の境目を破壊しないでくれ」
「冒頭からファミレスという場所に舞台を固定してるのも、出来るだけ会話文だけで物語を成り立たせて楽をしようとする作者の怠惰な精神性が垣間見えるわね」
神楽坂ルミは相変わらず嗜虐的なことを言う。
「まあたしかに今回は会話のラリーでひとつのチャプターが終了する気はするけど、そんなメタいことばっかり言ってたら話が先に進まないだろ。早く本題に入ろう」
事の経緯を説明すると、夏休みに入る直前、僕は神楽坂ルミに「文化祭でド派手なことをやって伝説を残したいから協力しろ」と脅迫され、「次回までに圧倒的変貌を遂げろ」というよくわからないことを言われたので普通に無視していたらスマホに怒濤の着信履歴が入っていた。
仕方なく折り返すと開口一番「この短時間で106回もかけたわよ、もうすぐでギネス世界記録申請するところだったわ」と言ってきたので「デジタルデトックス中でスマホの電源を落として漫画を読んでたんだ」と言い返すと、「デジタルデトックスするならそんな中途半端なことしないで海に端末を思いっきり投げ捨てなさいよ。まあどうでもいいけど今すぐ近所のファミレスに来て、もういるから」と有無を言わさぬ調子で捲し立てられ、通話を切られた。
もうこうなったら埒が開かないので仕方なく着替え、家族に夕飯が不要な旨を伝えて近所のファミレスに向かう。時刻は午後の7時半、真夏なので日が沈んでからまださほど時間は経っていない。
店内に入ると遠目でもテーブル席にカラフルなヘアバンダナをしている女子の後ろ姿が確認できた。目立つんだよな、あの虹色のヘアバンダナ。
僕が神楽坂ルミの座るテーブルに着席すると、神楽坂ルミは何も言わずに席を立ち、ドリンクバーコーナーに行ってマンゴートロピカルティーを持って帰ってきた。
「ということで近所のファミレスに来ているわけだけれども」
ここからは先述したとおり、というわけだ。
「さて、じゃあ聞かせてもらおうかしら。一体アンタがどれだけわたしを驚嘆させるような変貌を遂げたのかを。見たところ外見に変化はないようだから内面的な変貌を遂げたという解釈でいいわよね?」
「まあそういうことでいいよ」
面倒臭かったので適当にお茶を濁した。
「はぁ。やっぱりね」
神楽坂ルミはこれ見よがしに肩をすくめながら大きなため息をついた。
「アンタみたいな人間はそう簡単には変わらない、いえ、変わることが出来ないわよね。でも安心してちょうだい、わたしのこの時空を超越した千里眼をもってすれば全てお見通しなのよ。もともとアンタにあんなこと言ったのはアンタがわたしの言うことを聞かずにどうせ何もせずにダラダラ時間を浪費していく未来が目に見えてたからよ。そうするとアンタのダメさ加減がより際立って、対比でわたしみたいな人間が相対的に超ハイスペック人間っぽく見えるじゃない。まあ実際にそうなんだからわざわざそんなことするまでもないんだけどね。つまりアンタは最初からわたしの引き立て役にしか過ぎないってこと」
「なんだそれ、すごく嫌なタイプの運命論者じゃないか!」
「……そのツッコミ合ってるの?」
そんなくだらないやり取りをしている間に、店内を移動する猫型の配膳ロボットが僕の注文していたハンバーグプレートを運んできた。
鉄板からジュワァ、という魅惑的な音がする。うん、やはりハンバーグプレートは最高だな。この音を聞けばたちまち些細なことがどうでもよくなる。忘れてしまった童心を蘇らせるようなビジュアル、食欲を掻き立てるような芳醇なデミグラスソースの香り。そっか、桃源郷って実はファミレスにあったんだな。
「これよ!」
「そうそう、やっぱりこれだよな~ハンバーグはこうでなきゃ」
「違うわよ。アンタの幼稚な嗜好のことじゃなくて、こういうロボットを製作すればいいんだわ」
「は?」
完全にハンバーグプレートにしか視線が向いてなかったので、顔を上げてみると神楽坂ルミが目を輝かせながら配膳ロボットの方を見ている。
「我ながら天才的なアイディアだわ。文化祭にこういう移動型ロボットを解き放つのよ」
「文化祭で催される飲食店とかでの配膳をロボットにさせるってこと?屋台っぽいのメインだろうしわざわざロボットにさせる必要なくないか?」
「違うに決まってるでしょう。アンタはあれね、受験の時の問題集とかでも基礎問題は解けるけど応用問題がまったく解けない人間みたいな脳の構造をしているわね」
「回りくどく悪口を言うなよ」
「こういうタッチパネルつきのロボットを学校に解き放つのよ。それで生徒はロボットと楽しいやり取りが出来る。たとえば占い機能とかをつければ盛り上がるじゃない。遭遇したロボットに自分の行く末を占ってもらったり、カップルだったら相性占いしてもらったり。極上のエンターテインメントに昇華させられる可能性は無限にあるわ」
「はぁん、なるほどね。出張型占いロボットか。でも水を差すようで悪いけど、そんなロボット作れるのか?それに出来たとしてもスケール的になんというか……伝説を作りたいんだろ?占いメインってなんだか心許なくないか?そういうの信じないって人も多いだろうし」
「そうね。うーん……何らかの壮大なコンテストが必要ね。たとえば占いで良い運勢の人たちだけを集めて戦わせて、勝ち残った人に文化祭で催される特別ステージに出演する権利を与えるとか。占いに限定せずに、ロボットを仕掛けに使った何か派手なことをやりたいわね」
神楽坂ルミは腕を組んで神妙な面持ちでしばらく考え込んだかと思えば、いそいそとバッグの中からノートとペンを取り出してさらさらと何か書き始めた。
「何を書いてるんだ?」
「とりあえず今思いついた占い結果の文言だけ書き留めておこうと思って。アンタも何か良いフレーズがあったら教えなさいよ」
「占いの結果ねぇ……『今日は帰り道、空から飴が降ってくるでしょう』とか?」
「そんなの最初から占いを信じてない人間が占いを信じてない人間のために施す文言じゃない。占いっていうのは現実に起こり得る可能性があることを言わなきゃ成立しないわよ」
「じゃあ見せてくれよ、どんな占い結果の文言を考えたんだ?」
神楽坂ルミはノートを見開き状態にしてテーブルの上に置いた。
「え~どれどれ……
『カレー屋に行ったら店主がカレーよりも福神漬けの方に重きを置いている思想の持ち主だったことにより、店の看板メニューを頼んでみたらルーと福神漬けの分量が通常と逆転した状態で提供される予感♪ラッキーアイテムはナン』
『ホラー映画を4DXの映画館へ鑑賞しに行ったらあまりの恐怖に失禁してしまうでしょう♪アドバイスは、逆に思い切ってしまえば4DXのそういう体験型装置の一種として錯覚できるよ!』
『帰ったら自分以外の家族全員が得体の知れない宗教に入信している予感♪アドバイスは、メルカリでどうやったら法外な価格で壺を売り捌けるのか先に調べておこう』
『グーグルレビューで接客がタメ口でひどいだの口臭がえげつないだのボロカスに叩かれている地方のコンセプトカフェの店員が、長い間音信不通だった自分の妹だったことが判明する予感♪ラッキーアイテムはリクルートスーツ』」
…………。いや、なんでこんなことが現実に起こり得ると思ってるんだよ。
「ちゃんと来賓された親御さん向けの占いもあるわよ。『妻に浮気がバレてしまったことで家庭内での序列関係が変化し、明日から犬小屋で生活することになる予感♪ラッキーパーソンはDIYが得意な人』」
神楽坂ルミがあまりにも真顔で読み上げるものだからこちらもこの世界で何が正しいのか、何が正しくないのかがわからなくなってしまう。
「まあ色々言いたいことはあるけど、こんなのを本当にやるんだとしたらある意味伝説になるかもしれないな」
「とりあえず、まずはロボットの製作から始めないと。幸いわたしの知り合いに発明を生業とするメカニックが物語の都合上奇跡的に存在してるからその人に頼んでみるわ。まあ最悪の場合わたしが製作するけど」
「相変わらず何でもありだな」
脱力しながら席に背をもたれていると、猫型配膳ロボットがテーブルに焼き鮭定食を運んできた。神楽坂ルミの食の嗜好はよくわからない。
「猫が魚を運んできたわよ」
「魚をくれるなんて献身的な猫だな」
「猫は魚よりも肉を好むのよ。献身的というより独善的かもね」
神楽坂ルミは猫型配膳ロボットの頭を本物の猫にするように撫でた後、ドリンクバーコーナーに行って牛乳を持って帰ってきた。
やっぱり神楽坂ルミは独自の価値観で生きてる生き物なんだなぁ、と改めて思う。
僕の目の前にあるハンバーグはすっかり冷め切っていた。
つづく